エレベーターの中に、重苦しい空気が募る。上昇が緩やかになってくると、烈火がおもむろにエレベーターの中央に立ち、腰を落とした体勢をとった。
「あぶねーから、ちょっと下がってろよ」
「烈火、何するつもり?」
怪訝そうな風子の問いには答えず、ぴたりと閉められた扉を見つめている。ガコン、と揺すぶるような衝撃が到着を知らせ、ゆっくりと二枚の扉が開いていく。確かに先刻の部屋、そしてあのままの位置に立っていた紅麗。
「せーの!」
待ちかまえていた紅麗が炎を放つと同時に、烈火も力いっぱい炎を出して相殺した。壁際に寄っていた土門と風子が表情を強ばらせる。熱風が立ち込め、揺らいだ景色の向こうで紅麗が仮面の下から驚嘆の声をあげた。
「やはりそうか…! 烈火、君はこの時代に生まれた人間ではない! 戦国の世に生を受けた火影忍者だ!!」
「はあ?」
「頬の口内まで達する刀傷…忘れたか? 私が刺したものだ」
紅麗の言葉に驚く土門たちだが、それ以上に烈火はショックを受けていた。
「……ん?」
ふと、紅麗の瞳が桔梗を捉えた。烈火たちと共にいたはずなのに、監視カメラにも映っていなければ今まで気配さえ感じさせていなかった。
「貴女は……、まさか!」
しばらく考えたが、すぐに桔梗の顔を凝視した。狐の尻尾がゆれるように、東雲色と菜の花色の火の粉がちらちらと舞っている。この状況下で殺気ひとつ感じさせることのない桔梗に背筋が冷えるような感覚を抱く。
「不死の忍――桔梗か!?」
「さすがに知っているか…。よく分かったな」
驚きもなく、感嘆もなく、ただ淡々とした口調で述べる。不死という言葉に烈火が反応しかけるが、桔梗はそれを制して紅麗を見据えた。
「『紅』を出すに値しないか、烈火は」
仮面の下で紅麗が驚愕に目を歪める。鋭く桔梗を、そして烈火を睨みつけると左腕をゆるりと持ち上げた。
滔々と火影の炎に関する解説を烈火たちに聞かせながら紅麗が喚びだした炎は、紅色の羽根の生えた女性。その羽根は部屋の鉄板さえも高温で溶かしてしまう。
「紅……あの少女を狙いなさい」
烈火たちが力の差に呆然としていると、紅麗が命令を下す。その先には土門の肩から吹き飛ばされた願子がいた。
誰の足も恐怖に固まり、紅の口から巨大な火球が放たれる。
「焔――、」
「任せろ」
桔梗が焔狐を喚びだそうとしたとき、一言囁いて烈火が願子の前に立ちはだかった。左手を右腕に添えて、紅の炎に堪えようと足を踏ん張る。
「みんながみんな恐怖に縛り付けられると思うなよ! 俺はてめえなんざ少ーっしも怖かねえ!」
「哀れな…チリも残すな、紅!」
紅の火力が強まる直前、その脇腹に旋風が突き刺さった。風子の風神に続いて、土門が床の鉄板を剥がして紅に向かって投げ飛ばす。標的の数に翻弄されている隙に、細い刃が炎の左腕を切り落とした。
「なっ!?」
合流した凍季也を見て、桔梗がすぐに紅に視線をずらした。強力な炎が切れかかっている。
「焔狐、一番」
《御意》
焔狐が尻尾を揺らせ、口を開くと紅のそれよりも大きな炎が直線的に発射され紅の腹部を突き破った。破られた部位が紅色ではなく菜の花色に染まり、紅が甲高い声で苦痛を訴えると紅麗が驚きに目を開く。
「炎が炎を傷付けるだと…!?」
「格が違うことを教えてやる」
桔梗がひたと紅麗に狙いを定めた。
「待て、桔梗!」
凍季也が桔梗の肩を掴んで制止する。冷ややかにねめつけると、おののいたように手を離して視線をそらした。
「いくら君が強いと言っても、ここは多面攻撃がいいだろう。柳さんを確実に救うためには!」
「…いいだろう」
陽炎に烈火を頼まれたとはいえ、凍季也の言うことももっともだ。烈火の合図に従って部屋中を散り散りになる。
しかし焔狐が紅の相手をしている隙に、烈火、風子、土門、そして凍季也はなすすべもなく地に伏した。なお立ち上がる烈火を、天井高く舞い上がった紅が焼く。つられて視線を上げたとき、紅麗が桔梗の華奢な体躯を蹴り飛ばした。焔狐の姿が揺らぐ。
「体格ばかりはどうしようもないでしょう。…紅! 彼らを丁重に焼却せよ」
「まてよ…勝ち逃げは許さねえ!」
再び立ち上がった烈火が紅麗を呼び止める。
「炎を焼くことができないとすれば、炎術士が炎への強い抵抗力を持っていることもあるでしょう。――この子は何度でも立つでしょうね。君主、柳さんのため、死をも恐れずに」
「陽炎……」
紅麗が苦々しくその名を呼ぶ。烈火の背後から現れた陽炎は朗らかに挨拶すると、部屋中に視線を這わせて冷や汗を流した。膝を折る桔梗に手を貸してから、烈火の説得を試みる。しかし烈火は聞く耳を持たず、あるのは決意だけだ。
「…烈火、手甲を外しなさい!」
死ぬ覚悟があるのなら、力を解放せよ。その言葉に、烈火は笑ってから手甲を外し、陽炎に預けた。
その瞬間、右腕から強烈な気が沸き上がり、射出した炎に翻弄される。紅麗の館中を大きく震わせて右腕から顕現したのは、八頭の竜の形をした炎だった。
prev next
目次 しおりを挟む