薫の戦闘を凍季也に任せ、先に進んだ烈火たちは姿を見せた紅麗に地下へ落とされた。ここからまた、紅麗のいた部屋へ戻らなければならない。
「みんないるか?」
烈火が薄暗い辺りを見回して確認する。風子、土門、桔梗は無事にそろっていた。
とにかく出口……あるいは階段や上昇できるものを探して、道の続くまま歩き出した。烈火の神経が尖り、空気までが切りつけてくるようだ。あの風子まで、そんな状況下で神妙になっている。
「…なあ、あんたは何者なんだ?」
ふと、烈火が口を開いた。沈黙に耐えかねてのことではないことは容易に知れる。
「……さあな。私にもよくわからない」
「はあ?」
「安心しろ、何があっても烈火の敵にはならないだろうから」
全てを話すには時期尚早であるし、それは陽炎の役目だ。不服そうな烈火を遮って、桔梗は廊下の突き当たりにある扉を示した。微かに音が聞こえる。割れたように、耳障りな雑音だ。おそらくはその部屋から聞こえている。
「まあいい。あとで色々話してもらうぜ」
そう言いながら扉に手をかけ、開く。
「なっ、なにこの音!?」
扉を開けると、爆音が響いていた。先ほどまで使用していたのか、部屋の中央にいる男はヘッドホンを持っている。長髪をバンダナで止め、音楽とは言えない代物に浸っている様子だった。
「殺人医者――木蓮のコンサートへようこそ!! ただいまの曲は『花と散る処女』という私が作死殺曲したメドレーでございまあす」
そう言って立ち上がった男に、烈火が怒りを露わにする。薫とともに、柳たちを誘拐した犯人だという。そして誘拐された教師の妻に怪我を負わせたのも、木蓮だとか。
『いやあああああぁ!!』
木蓮がチャンネルを切り換えると、少女の悲鳴が響き渡る。聞き慣れた声に、烈火は青筋を立てた。
「この声…まさか……」
「姫……!」
「人体実験さ。たぶん、電流でも流してるんじゃあねーの?」
下品な笑いを浮かべながら、烈火を挑発する。しかし烈火は急に殺気を鎮めると、黙って木蓮の横を通り抜ける。まったくの無視に、逆に木蓮が腹を立てた。
「ごちゃごちゃと五月蝿い小者だな。そんなに死にたいのか」
烈火が上階へ行くためのエレベーターのボタンを押す。木蓮はいよいよ魔導具を発動させ、自身の身体を変形させた。植物の幹や枝のようになった身体を見て、桔梗は眉をひそめた。
「貴様なぞが木霊を使っているのか。…吐き気がする」
「なにぃ!?」
烈火を挑発していたはずなのに、いつの間にか桔梗に挑発されていることに木蓮は気付かない。
「ふざけんな女! てめえから殺してやるよ!」
木蓮の身体から枝が伸びる。一直線に桔梗を目指したそれらは、しかし桔梗に届くことなく途切れた。
「な!」
「生憎と苛立っているのは私だけではないようでな」
背を向けたままの烈火をちらりと見ると、すぐに木蓮を向いて一瞬で距離を詰める。右の拳を握って裏拳をたたき込むと、続けて鳩尾につま先を蹴り入れる。一度足をおろすと反対の足を回してわき腹を蹴りつけ、顔をつかんで地面に叩きつけた。
「小者以下だったか」
ふん、と鼻で笑うと木蓮から手を離し、立ち上がる。烈火とともにエレベーターを待っていた風子と土門が恐怖したように桔梗を見つめている。
「まだだ…まだ…」
のそりと起き上がった木蓮に向かって、人差し指を伸ばす。
「焔狐、焼け」
ちりと微かな音がする。同時に、指を擦るような音も。
木蓮の体が、真っ赤な炎の中に東雲色と菜の花色の炎を抱いて燃え上がった。烈火が驚いたように桔梗を見る。
「桔梗、てめえも…」
「留めを刺せ、烈火」
木霊を身体から切り離し、しぶとく這いずり回る木蓮を冷淡に見下ろして烈火の言葉を遮る。
「……俺は、」
その時、ちょうどエレベーターが到着した。乗り込む烈火たちと木蓮を見比べ、桔梗はエレベーターに乗り込んだ。
「烈火…そして桔梗! てめえらは殺してやる! 忘れねえぜ、この苦しみ…この怒り…」
負け惜しみのような台詞が、エレベーターの扉が閉じることで遮断された。
風子や土門は何か聞きたそうに何度か口を開きかけたが、結局何も訊ねることはなかった。桔梗の強く握りしめた右手が真っ白になっていた。
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