「柳ちゃんがさらわれたわ」
「…柳が? 誰にだ」

桔梗の怪訝そうな言葉に、陽炎が影界玉を覗き込む。そこに映し出されたのは、仮面で顔を隠した若い男だった。

「もう一人の炎術士――紅麗」

陽炎の静かな言葉が大気を揺らす。唐突に部屋の気温が上昇し始めたこととは裏腹に、ただ沈黙が流れる。桔梗が強く右手を握り込むと、ちらちらと形作り始めていた東雲色の炎がかき消える。

『影法師ー! 出てこい! こんにゃろ!!』
「烈火!?」

沈黙を破って影界玉が映し出したのは、陽炎と烈火が初めて出会った廃ビルだった。自前の忍装束に身を包んだ烈火と、風神をつけた風子、土門がいる。烈火の行動に驚く二人をよそに、影法師こと、陽炎を呼ぶ。

『今回の件もやっぱお前だろ!? ツラ出せコラ!!』
「まったく…」

やれやれと首を振って、陽炎が影界玉を触れる。いつものごとく揺らめいて、烈火たちの前に姿を現した。廃ビルには影だらけで、姿を移動させることは容易い。ただし現れたのは陽炎だけでなく、桔梗もだった。

「あ!」
「お久しぶりね、お三方」

陽炎が妖艶に微笑むと、烈火が訊ねる。と言っても、語気が荒く、喧嘩をふっかけているようにしか聞こえないのだが。
烈火たちの日本史教師と柳がさらわれた。二人を返せというものだ。
闇に紛れるように佇む桔梗に、風子が一瞬視線を流す。しかし、それよりも柳の行方を確認するために陽炎の方を向いた。気にかかる点が未だはっきりしていないせいもある。

「私ではない…信じてほしい!」
「怪しいんだよ、あんたが!!」

桔梗は、烈火に素っ気ない態度をとられることをどう思うのだろうかと陽炎の胸中を思い、胸を痛めながらやり取りを見守る。所詮は他人のこと、そう易々と首を突っ込んで良いことではない。
結局、陽炎が影界玉で真犯人――紅麗の姿の見せることで納得させたようだった。

「どこに? どこにいる!」
「聞いて…どうするの?」
「助けるに決まってんだろ!」

陽炎の胸倉を掴んで、乱暴に訊く。陽炎はやんわりと烈火の手を払うと、静かに否定した。

「駄目よ。行けばあなたは死ぬ! 私は…そうなってほしくないの! 今のあなたは百パーセント、紅麗に勝てはしないでしょう。だから…」
「影法師!」

理由はわからないなりに、烈火も陽炎の思いを感じたのだろう。言葉を詰まらせる。けれども、その瞳に強い信念を灯し、陽炎の前で膝を折り、地面に両の手のひらをつけた。地面にこすりつける勢いで頭を下げる。

「姫は君主…俺は忍だ!!」

プライドも恥も全て投げ打って、ただひとりの少女のため、かつては自身の命を狙った陽炎に頼み込む。風子と土門は烈火が本気だと気付いて息をのんだ。
必死に頼み込む姿が、心の中で誰かと重なった。

「……けれど、」
「いいだろう。ただし、私がついて行く」
「桔梗様!?」

一歩踏み出して、烈火のそばにしゃがみ込む。懐かしさに駆られたのかもしれない。しかし、桔梗はそれでもいいと思いながら烈火の手を取り、顔を上げさせ陽炎に微笑んでみせる。

「それなら文句ないだろう?」
「ですがっ!」

陽炎が抗議の声を上げると、風子が手をたたいた。やっと思い出した、というように。

「あ! 転校生の東雲桔梗!!」

烈火と土門は、その言葉に呆気にとられた。それからすぐに、警戒するように桔梗を睨みつける。当の本人は涼しい顔をして風子に顔を向けた。

「覚えていてくれて光栄だ」
「あんた、何者?」
「今は……協力者、と」

風子にそれ以上の追及を許さぬよう、笑顔で黙らせ、陽炎の方を向く。陽炎はまだ複雑そうに、悩んだ顔をしている。

「…わかりました。そのかわり、必ず生きて帰ってくること! 約束してくれますね?」

やがて意を決したように言い放つ。烈火が勢い余って抱きついた後、照れながら折り畳んだ地図を手渡した。





陽炎の地図が示す館にたどり着き、烈火たちが勢いよく警備のいない正面玄関の前に躍り出る。

「俺はまだ、テメーを信用してねえ」

徐に振り返ると、烈火が桔梗に指を差した。桔梗は意に介した様子もなく、無表情で言葉の続きを待つ。

「けど、姫を助けるまでは協力してくれ」

どこかふてぶてしい表情の烈火に、無言で頷く。風子や土門も、先ほどからずっと桔梗の様子を気にしている。
ふと、陽炎はもう一人にもこのことを伝えてくれただろうか、烈火の打ち上げた花火を見上げながら思った。


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