夜になり、クロスの部屋を訪ねた。軽くノックをすれば入室を促す声が聞こえる。おじゃまします、と言って音を立てずにするりと入り込んだ。またワインを飲んでいたのか、部屋には既に空いたワインボトルが数本転がっていた。


はぁ、とため息をついてクロスに近付く。


『師匠、あんまり飲むなってあれほど…』
「…お前の、イノセンス……」


ぐい、と腕を引っ張られてクロスの膝に座らされる。酔っ払っているのかと思えば、瞳に宿る確かな意思。相変わらずこの人は分からない、と思ったのも事実だった。


「お前のイノセンスを、見せてみろ」
『……?はい』


そう言って、足と手首の聖痕、アンクレット、ピアス型のイノセンスを見せる。クロスは“紅”を見た瞬間眉を顰め、発動させろ、と言った。言われた通りに“紅”を発動させる。頭の中で、声が響いた。


【…クロス、元帥……ッ!】
『(?……紅…?)』
【…いえ、何でもありません。主様】


あまりにも悲しそうに聞こえたのは気のせいなのだろうか。改めてクロスを見れば、奈楠は息を呑む。彼の辛そうな表情が見えたと思えば、クロスの温もりが、いつの間にか自分を包んでいたのだ。


『、…師匠……?』
「……悪いな…。今だけ、こうさせてくれ…」


クロスは、小さすぎる奈楠の背中に手を回す。力を入れればすぐにでも崩れてしまいそうなその体を、とても大切そうに抱き締めるのだ。クロスの心音が直に聞こえ、なんだか少し胸が高鳴った。



暫くして、ようやくクロスは奈楠を離す。彼の表情は、元に戻っていた。発動解いていいぞ、と言われ、発動を解けば一瞬にしてピアス型に戻る。装備型は便利だな、と改めて思った。


「俺は明日、教団を発つ。…お前はここに残れ」
『……え……ッ!?』
「お前はもう、そこいらのエクソシストよりずっと強いだろう。俺には分かる」
『で、でも、私はまだ……ッ』


そんな奈楠の頭に手を置き、クロスは優しく撫でる。そうされればもう、奈楠も何も言えなくなるのだ。


「…お前に、このゴーレムを置いてってやる。俺との通信用に使え。教団に探知されないから便利だぜ?…寂しくなったら、何時でもかけてこい。ただし、1人の時にな」
『…バックれる気ですね?師匠…』
「他の奴らには絶対言うなよ?秘密だからな」


渡されたゴーレムは、銀色のティムキャンピーだった。名前はお前が付けろ、とクロスが言う。ティムに似てるから同じ様な響きにするか、と考え、


『…じゃぁ、“リィム”…で』


よろしくリィム、と言えば嬉しそうに擦り寄ってくる。可愛い、癒される、と思った。


「…まぁ、たまに帰ってきて、鍛錬位なら付き合ってやるよ。俺が勝つだろうがな」
『ふ、すぐに越してみせますよ』
「……さ、もう帰れ。ガキは寝る時間だ」


そう言って再びワインを飲み始めるクロス。そんな彼に苦笑いし、おやすみなさいと言って奈楠は自室に戻った。








パタン、と閉められた扉を見ていた。扉の前から完全に奈楠の気配が消えれば、クロスは椅子の背もたれに寄りかかる。そして宙を見上げた。


「…ようやく、“お前”に会えたぞ…」


声音も、容姿も、性格でさえも……。全てが生き写しの様な奈楠に、“彼女”を重ねていた。“彼女”の“宿主”が奈楠であると、一発で察しがついた。奈楠に預けたゴーレム。名前を付けろと言ったが、元々名前はあったのだ。“リィム”という名が。同じ名前をつけた奈楠。
やはり、奈楠は“彼女”なのだ、と思わずにはいられなかった。

今回の旅に奈楠を連れていかなかった理由は、ちゃんと存在する。しかし、面と向かって言えないのだ。自分はこんなにも臆病だったか、と自嘲する。


「俺がアイツと居れば、きっと伯爵が目を付ける…。教団に残しておくのが、最善の選択なんだ……」


自分は“彼女”を愛していた。これは自信を持って言えることだ。…しかし、会って間もない奈楠の笑顔が脳裏にちらつけば、“彼女”と重ねていることに対しての罪悪感が、募るばかりだった。何故、こんな感情が心を支配するのか。


「は……、奈楠を愛したとでも言うのか…?
……この、俺が…。……まさか、な」


きっと、こんな感情はすぐに消える。奈楠をアイツの代わりにしているだけだ、と、自分の気持ちに蓋をしたクロスだった。











再会のマラカイト

(恋をするのに時間は関係無いと言うけれど)
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