「……お前、名は何という?」
『…室長から聞いているはずですよ?』
「…なるほど、お前がコムイが言っていた奴か」


クロスはワインを飲むのを止め、ジッと奈楠を見つめた。奈楠もクロスの瞳を見つめる。

どれくらいそうしていただろうか。短い時間であったはずだが、嫌に長く感じた。不意にクロスが奈楠の頬に手を伸ばし、触れた。


『…何するんですか』
「いや?何でもない」
『……そうですか』


フ、と笑ってクロスは奈楠の頬を撫でる。まるで、愛しい人を離さないかのように、少し熱のこもった瞳で奈楠を見つめるのだ。そんなクロスに奈楠は何処か安心していた。


「お前もまた、神に愛された使徒か…。……なぁ、俺の弟子に、ならないか?」
『!!』
「…違うな、俺がお前を弟子にしたいんだ」


なってくれるか?と問いかける視線はあまりにも儚げで。普段のクロスからは想像も出来ないような繊細さだった。思わず奈楠は頷いた。この人ならば、自分の信頼を預けてもいいと、思えたのだ。


『よろしくお願いします、元帥。…いえ、師匠!』
「!…あぁ。よろしく…な」


その時の嬉しそうな、それでいて悲しそうなクロスの表情は今でも記憶に残っている。










「へぇ……、奈楠、クロス元帥の弟子になったんだ…意外だね」
『そう?まぁ、確かに色々どうしようもないとは思うんだけどね……』
「でも、もうエクソシストになってるんだから、師匠は必要ないんじゃない?」
『…確かに……。まぁ、学ぶものも多いし、弟子になって損はないかなぁ……』


夜が明け、1度クロスと別れた奈楠は、そのまま食堂に居たのだった。つい先程来たリナリーと食事をし、今は科学班フロアへと向かっている所だった。コーヒーを入れる準備をしながら。


「元帥に何かされたら言ってね?」
『流石に弟子だよ?何もしないって…』
「(奈楠は自覚がないから困るわ)」
『?リナリー?』
「んーん、何でもない」


科学班フロアへと足を踏み入れれば、何故か見えた赤毛。何やら話し込んでいるらしい。珍しいこともあるものだ、とリナリーと2人で顔を見合わせていた。


『師匠!何やってるんですか?』
「ん?あぁ、奈楠か……」
「「「師匠!?」」」
「奈楠、クロス元帥の弟子になったんだって」
「マジか!大丈夫か、奈楠!」
「あぁん?何か文句でもあんのか?」


ギロ、と睨みを利かすクロスを宥め、奈楠は彼らの手元を覗きこんだ。そこを見れば、山のような報告書の数々。今まで溜まっていた任務の報告をしていたようだ。


『わぁ……、師匠、ちゃんと仕事してたんですね』
「お前……師匠をなんだと思ってやがる」
『えー、ちゃんと尊敬してますって!』


ケタケタと笑う奈楠に、クロスはったく……、と頭を掻いた。奈楠達が来た時に丁度、全ての任務の報告が終わっていたのか、クロスは科学班フロアを出て行く。そしてふと思いついたかのように奈楠に声をかけた。


「おい奈楠、後で俺の部屋に来い」
『?あ、分かりました』
「じゃ、夜にな」


ひらひらと手を振るクロスを見送り、奈楠はコーヒーを入れようとする。しかし、周りからの異常なまでの視線に狼狽えた。


『な、何……?』
「奈楠、お前…………、」


突然リーバーに肩を捕まれ、びく、となる。しかしそんな奈楠もお構いなしに、必死の形相でリーバー達はまくし立てる。


「おい奈楠、クロス元帥と2人っきりって、大丈夫なのか……!?しかも夜だぞ!!!?」
「あの女好きの元帥なんだぜ!?」
「何かあったら大変だ…!オレもついて行くか!?」
「そうよ奈楠!何かあってからじゃ遅いのよ!私がついて行く!!」
『え、ちょ、皆!?リナリー!?』


弟子で、しかもまだ子供の私に何をするっての…!?と言う奈楠に、思わず皆は肩を落とした。はぁ、とため息付きだ。


(((((自覚無しかよ……ッ!!!)))))
『……な、なんなの……』


そんな彼らを、コムイは笑って見ていた。














ピンクトルマリンの安寧

(私を、必要としてくれるの?)
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