朝。教団はざわめいていた。何でも、今までずっと帰ってこなかった元帥が帰還したらしい。珍しい、不思議だ、と色々な噂が飛び交っていた。


奈楠はその話を聞き、一人の男が脳裏に浮かんだ。酒好き女好き、借金大魔王……。…そう、クロス・マリアン元帥である。今まで教団に帰ってこなかった元帥と言えば、彼しかいないだろう。むしろ彼以外に思い当たる人物が居ない。奈楠は、会いたい。…しかし、会えば面倒臭いことになりそうだ、という葛藤を抱えながら食堂で朝食を取っていた。





指令室へと向かってコムイに任務の有無を問うが、今のところめぼしいイノセンスの情報は無いのだという。実際、リナリーにも任務は回っておらず、奈楠は彼女と2人で鍛錬を積み重ね続けていた。……しかし、人間とは素直なもので。奈楠の心の中には任務に行きたい、AKUMAを破壊したい、と言う欲望が芽生え始めていた。……AKUMAは出ないに越したことは無いのだが。


『…そろそろ実践積まないと、力がつかない気がするんですよね……。習うより慣れろってやつ?』
「まぁ、分からなくは無いけど…。いいじゃない!任務が無いってことは、平和ってことだよ?」


そんな奈楠をコムイは笑って宥める。奈楠も眉を下げて、それもそうですね、と笑った。


『そういえば……結構噂になってますね。バッくれてた筈の元帥が戻ってきた…って』
「あ、奈楠ちゃんももう聞いてたんだね?なら話が早い。実は、キミの話をしたら元帥が会いたいって言っててね」
『……うええ、マジですか』
「嘘はつきませーん」


とりあえず、クロス元帥が教団に居る間に1度話してくれないかな。というコムイに、奈楠は渋々ながらも頷いた。…まぁ、会えるかどうかは分からないけれど、上手くやろう。そう考えて、コムイにコーヒーを入れてから指令室を出た。







最近、よく眠れない。環境が変わったせいだろうか、夜中に何度も目が覚めるのだ。今日も今日とて、まだ深夜と呼ばれる時間帯に目が覚めてしまった。こうなってしまえば最後、再び眠りにつくことは出来やしない。仕方ない、食堂にでも行こうと自室を出た。



こんな時間でも食堂は開いているのか、と少し驚く。僅かな明かりが目に入れば、奈楠は食堂に向かう足の動きを早めた。足を踏み入れれば、鼻につく酒の匂い。まさか、と思った時にはもう遅く。中でワインを飲んでいたクロスとバッチリ目が合った。…彼の赤毛が、嫌に記憶に残った。


「…なんだぁ?ガキがこんな時間まで起きてるなよ」
『…目が覚めてしまったんです』


そう言って奈楠は2つのコップに水を汲む。クロスの目の前にトン、と置いた。自分も喉に水を流す。クロスはそんな奈楠が珍しいのか、まじまじと奈楠を見つめた。


「…お前………」
『?なんでしょう』
「…本当に、子供か?」


その問いかけに思わず固まった。しかし、そんな奈楠の反応はどうでも良かったのか、クロスは新たなボトルを開ける。何でもねェ、忘れろ。と告げた。


『あんまり飲み過ぎると体に良くないですよ?』
「あ?青くせェガキがいっちょ前に大人の心配かぁ?笑わせ……、……ッ!!?」


言葉を詰まらせたクロスの顔を見る。彼はグラスを持ったまま、奈楠の顔を見て固まっていた。目を見開き、口を僅かに開けている。そんな彼に奈楠は声をかける。


『…ど、どうしたんです?元帥』
「ッ!!…いや、…何でも、ない」


とても動揺したようなクロスに、奈楠は何かを感じた。何か、違うのだ。彼はどんなことがあっても、感情を顔に出したりしない男の筈だ。…それがどうだ。今自分の目の前にいる彼は、何かを耐えるような、苦痛に満ちた表情をしているではないか。…まるで、思い出したくない何かを、無理やり思い出された様な。



神田といい、コムイといい、ヘブラスカといい、クロスといい。と言うよりは、教団の人間全てが。初めて自分と顔を合わせるはずなのに、何処か悲しそうに、そして苦しそうに顔を歪める。自分を見ているはずなのに、彼らの瞳は自分を通して他の誰かを見ているように感じるのだ。









酔わないアメジスト

(ねぇ、“私”を見てよ)
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