夜。奈楠は教団の廊下を歩いていた。こんな時間に出歩いているのは、自分くらいだろう。実際、すれ違う人は誰もいない。リナリーは既に眠りについているし、科学班は残業中だ。何度も目が覚めてしまい、結局部屋を出て来てしまったのだった。



談話室にでも行くか……。あそこ、暖かいし。と思って、目的の場所へと向かう。すると、そこには先客がいたようだった。エクソシストの団服を着ていて、ポニーテール……。



(……神田か!!!)



まだ幼い顔つきの彼は、任務帰りだったのか、ソファーに座り、足を組んでウトウトとしていた。フッと微笑み、神田にそっと毛布を掛ける。成長すると少しの物音や気配にも敏感になる彼も、幼ければその分、子供らしかった。



そんな神田の前に腰掛け、読みかけの本を読み始める。静かな空間が、そこには流れていた。とても、心地がいい。



暫くすれば、神田が薄らと目を開けた。目が覚めたらしい。 正面に座っている奈楠に気付いた神田の視線が、奈楠に向けられる。神田が奈楠の顔を認識した瞬間、彼の瞳は思い切り開かれた。奈楠の胸元に下げられた“紅”を見て、その瞳は歪められる。まるで幽霊でも見たかのよう顔をして、驚きを隠せていない神田を奈楠は訝しげに見つめる。



神田の唇が、震えるように開かれた。



「……お、前…………ッ」
『……?』



それっきり黙り込んでしまった神田を、奈楠はジッと見つめる。彼の手は拳を作っていて、余程力を込めているのか色は白く、ブルブルと震えている。少し顔を俯かせ、髪で隠れた所から覗いている口元は歪められ、歯を食いしばっている。不意に上げられた顔に迷いはなく、何かを払拭したようにも見えた。



「……新入りの、エクソシストか」
『……うん。ついこの間入団したばかり。奈楠・本多って言います。……貴方は?』
「……エクソシストの、……神田だ」
『神田……ね。……よろしく、神田!』



教えられた名前を奈楠が復唱すれば、神田は少し眉を顰めて自嘲気味に笑った。そんな神田に不思議そうにしながらも、奈楠は握手を求めて手を差し出す。面倒くさそうにしながらも奈楠の手を取った神田。……互いの手は、冷たかった。



神田は少し仮眠が取れれば良かったらしく、丁寧に畳んで奈楠に毛布を返す。ソファーから立ち上がる神田を、奈楠は見つめた。


『任務?』
「…あぁ。イタリアだとよ」
『…気をつけてね』
「お前に心配されるほど、落ちぶれてねェよ」


神田はフッと笑って奈楠を見つめ、じゃあな、と行って談話室を出て行った。そんな神田を、奈楠は呆然として見つめる。…神田が、笑った…だと…!初対面の自分に笑顔を見せてくれたことに嬉しさを隠せなくて、思わず傍にあったクッションを抱きしめた。























「……違う……ッ!“あの元帥”は、2年前に確かに死んだ筈なんだ……!“アイツ”も、確かにそう言ってた……!」



談話室を出た神田は、絞り出すようにして言葉を発した。悲痛で、小さく、それでいて叫ぶようにして出て来た言葉は、神田らしくはなかった。脳裏に、思い出したくもない過去が浮かぶ。楽しくて、苦しくて、悔しくて、後悔してもし切れないほどの感情が神田を襲う。“あの人”を思い出して、幻覚に悩まされていた時も、何も言わずに傍にいてくれた“あの元帥”を、片時も忘れたことは無かった。“あの人”との約束も大切だったけれど、それと同じくらい“あの元帥”の存在も神田にとっては大切なものだった。



「……何で……どうして…ッ、“同じ顔”で、“同じ声音”で、“同じ雰囲気”で、俺に笑いかける……ッ!」



















(おい、誰だこの女)
(元帥ー!この子がユウだよ!ほら!この間新しく起きた子!)
(ちょっとアンタ達、何でそんなに傷だらけなのよ。喧嘩するための再生能力じゃないって、トゥイとエドガーにも言われてるじゃない)
(と、取り敢えず!この子がユウだから!)
(ユウ……ね。……よろしく、ユウ)
(……アンタは何ていうんだよ)
(私?私は………………)

















“奈楠・本多”。初めて聞いた名前。その事が、奈楠が“あの元帥”とは全く違う人物であるという事を神田に思い知らしめていた。



「どうして今更……ッ!!」



守れなかった。最後まで頼ることしか出来なかった。彼女にベッタリだった“アイツ”と俺。俺を優しく見つめる眩しいくらいの金色が、思い出される。また、出来ることなら3人で、いつまでも笑っていたかった。でも、1年前のあの“惨劇”で、全てを失った。残ったのは、教団への憎しみと、“あの元帥”を守れなかった悔しさと、“アイツ”への懺悔と、“あの人”との約束。



「……次は必ず、守ってみせる」



とっとと任務を終わらせて帰ってこよう。と、初めて大嫌いな教団に帰ってくる、まともな理由が出来た気がする。そのことに、神田自身がとても驚いていた。




幼き剣士

(なぁ、“元帥”。)
(俺達はアンタが“大好きだった”と……)
(本当に、言う資格はあったのか?)
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