Nightmare Crisis

02、美しい瞳よ、慈悲を、慈悲を。

 それぞれ振り分けられた部屋に行くなり、ジャージに着替える事を許された。緒川は早速白シャツに学校指定のハーフパンツという姿に着替えてしまったが、上原は何となく着替えるのも億劫でそのままだった。

 同室には他に気弱な男子、榎本(通称・エノちゃん)と不良丸出しの会津、会津と仲のいい同じくやんちゃな北山。

 この一つになりえそうに無いメンバーが同室なのは何てこと無い、出席番号順で集められたに過ぎないだけの事であった。

「えのちーん」

 緩いパーマの当てられた髪を無造作に後頭部くらいでしばったヘアスタイルの会津。会津はこの髪を「天然パーマです」と申請を出して三年目に突入したらしい。どう見ても違うだろ、と一同誰もが突っ込まずにはいれないがそれを許す教師陣の腰抜け具合にはビックリである。

「えのちんと同じ部屋で嬉しいなぁ僕リン」

 えのちん、というのは「榎本のチンポはエノキダケくらいのサイズだったぜ」という嘲笑の意味合いも込められているんだとか。それを聞いて上原は真っ先に小学生みたいだな、やる事が――と鼻先で笑ったがまあともかく。

 会津はこうやって自分なら勝てそうな相手に絡んでは憂さ晴らしをする。見ていて気分のいいものではないがこういう人種ってのは、注意したところでより面倒くさい奴へと進化するからたまったもんじゃないのだ。

 一方、もう一人のやんちゃそうな北山は会津よりは大人な精神を持ち合わせているのか特別興味も無さそうにしている。まあ、だからと言って止めたりもしないし特別関与する事もしない。黙々と荷物を片付けているだけだ。

 榎本は会津に肩を組まれ、迷惑そうだがそれを言えるでもなく無理強いして笑顔を浮かべているみたいだった。

「えのちん、今晩何して遊ぶゥ?」
「え、は、はぁ……」
「――会津」

 上原が見兼ねたように声を掛けた。会津が視線を持ち上げた。

「嫌そうにしてんだろ、あんま絡むなって」

 あまり喧嘩腰では言わずに、友達を軽くたしなめるような感じで言ったのだが会津は気に入らなかったらしい。にやけ面から笑顔が消失した。

「え、なに、文句あんの? 剣道ヤロー君。今からでも俺とチャンバラごっこしちゃう?」

 極めて馬鹿にするような言い草に腹が立ち、上原もそれまでのような温厚そうな調子はやめた。

「頭わりーんだよ、言う事がいちいち。煙草くせぇ息で空気悪くすんじゃねーよ」
「お、おい上ちゃん……」

 緒川が思わず止めに入ったようだが、上原は引く気配が無い。会津も榎本から手を放すと立ち上がり、メンチを切ってきた。それから上原の胸倉をがっと掴んだ。

 緒川も、それから先程まではターゲットだった榎本もこれはいよいよ誰か呼びに行かねば――と身構えた瞬間。

「会津」

 背後から止めに入ったのは、それまで静観していた北山だった。

「……」
「止せよ、そういう面倒事起こすの」

 北山の言葉に、頭に血が昇っているのであろう会津も不承不承ながら、と言った具合ではあったが舌打ち交じりに上原の胸倉から手を放した。

「……やばいんじゃねぇの」

 三人が残された部屋、真っ先に言葉を漏らしたのは緒川である。

「北山、最後お前の事見てたじゃん」
「何かまずいか?」
「あいつが一番厄介だって聞くんだけど」

 緒川がばつの悪そうな顔をして、ため息を吐いた。これまで真面目に部活と勉学とに打ち込んできた上原には、彼らの悪事等全く知らない。興味も無い。

「制裁があるんだってよ、気に入らない奴には」
「制裁? リンチとかそういうの?」
「それもあるんだろうけど……北山の為なら何でもやるっていう男も女もごまんといるらしいよ。それこそ自分の身を犠牲にしても構わないって言う兵隊がわんさかとね」
「……何だ、それ。盲目的な信者か何かかよ?」
「被害に及ぶのがまた、その本人だけとかなら分かるんだが……家族や大切な奴にまで何かしかけたりもするらしい」

 たかだか一介の高校三年生の男が何でそんな権力を――不思議に思ったが、緒川があまりにも怯えた調子で言うので上原もこれ以上何か触れるのはやめにしようと思った。

「あの……」

 榎本が、おずおずと介入してくる。

「あ、ありがとうございます……それと面倒な事になってごめんなさい……」
「あぁ、いいよ。別に。俺がムカついてしゃあなかったんだから」
「はぁ……」

 目をつけられたから何だというのだ、馬鹿らしい――自分にはもっと気にしなくちゃいけない事柄がうんとある。勉強にせよ、将来にせよ、部活にせよ――そしてそれから。

 部屋から出ると、丁度タイミング良くすれ違った。例の兄妹に。

「……」

 南雲暁と梓は、やはり隣同士に並んで歩きながら上原の前をすれ違った。通り過ぎる瞬間、梓の長い黒髪から漂った淡いシャンプーのような香りに胸が躍るのが分かった。こちらの事なんか見向きもしてはくれなかったが、上原は彼女を見るだけでもドキドキとして、それから呼吸するのも忘れている自分に気がついたのであった。

――喋った事もない相手にこんなに惹かれるなんて……

 愚かなのもいい事だ。恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす――とはどこで知り得た言葉だったか。いっそ、無理やりものにでもしたくなってしまうじゃないか。ここまで来ると……もはや重症であった。





おは緒川 
ってお前本当にあの緒川か!
キャラ違いすぎてお母さんびっくりしちゃったわ!
上原君はまあ上原君よねw
怖そうな相手にもびびってない辺り



Modoru Susumu
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