Nightmare Crisis

01、嘆きのピエタ

 この高校の名物行事の一つに『自然学習』、と呼ばれるものがあった。大体一学期に三学年全てで行われる宿泊を伴う学習。いわゆる林間学校、のようなもの。

 修学旅行のような娯楽とは程遠い内容であり、理事長の有り難いお話(これが長い。もうウンザリするほどに長いのだ)に始まり、いわゆるミッション系の学校であるがために聖書を片手にあらゆる勉強をさせられて――山奥に佇む合宿所は相変わらずそこにあった。毎年ここで行われるのだが、この施設が比較的綺麗で広いのが救いだろうか。

 バスに揺られながら、上原はさも興味がないようなふりをしながらも……その視線は外の景色を見ながら、時折その背中へと注がれているのだった。

 南雲梓(なぐも・あずさ)、それが彼女の名前だ――上原は彼女の長い、真っ直ぐな黒髪を見つめながらドキドキとその癖一つ無く伸ばされた髪に魅入られているばかりなのであった。

「梓、酔ってないか」
「……ううん、平気よ」
「……」

 で、その隣に座っているのはその双子の兄である南雲暁(あきら)だ。二人はいつでも互いに寄り添いあうようにして傍にいて、そして離れない。あまりにも二人が離れないものだから、兄妹仲が少々良すぎるような感じさえして、よからぬ想像を浮かべる者もいる始末だ。

 そして連れ添う二人は、これまた絵になる美しさがあった。二人共背丈はそんなに無いのだが、どうにも浮世離れしたような雰囲気を持っていて近寄り難かった。

 神聖的とも呼べばいいのか、聖書の授業にて習った聖母子像の一つである『ピエタ』という彫像を見た瞬間、上原の脳裏には何故かこの二人の姿が真っ先によぎってしまった。磔刑に処され、後に十字架から降ろされたイエス・キリスト。その亡骸を腕に抱く聖母マリア。それが何故であろうか、暁と梓のイメージがちらついてしまい、以来上原の中での二人のイメージはそれに近い。

「上ちゃん、俺は今夜やるぜ」
「何が?」
「決まってるだろ。告るんだよ、明歩に」

 隣に座っていた、同じ剣道部の緒川が意気込むのが分かった。クソがつくくらいに真面目な緒川の事だ、その告白という決意に至らしめるまでには相当な時間を要した事だろうな――上原は内心で少しだけ微笑ましくなり、かと言ってそれを顔には出さない。

 緒川のその決心を、胸を張って送り出してやる事にする。

「おう、やってこいやってこい。いい結果だけ待ってるよ」
「……はぁ」

 緒川がまたぐったりとその場にうなだれて、そして髪の毛をわしゃわしゃと掻き毟り始めるのが分かった。

 ちなみに彼が明歩(あきほ)と呼んだその人物は――上原がすいと視線を動かせば、該当の人物は斜め後ろの座席にて、友人とスマホで何やら談笑中だ。

 フルネームは真島明歩といい、ポニーテールが特徴の野球部マネージャー。少し人見知りな性格をしている癖してどうしてマネージャーなんて立候補したのか不思議が募る少女だが、悪い子では無い。上原自身、ちょっとかわいいな、なんて思う事もあったし緒川が好きになるのも十分に分かる魅力的な子だと思う。

 しかしながら、まぁ……上原がご執心なのは彼女の方では無い。

 相変わらず座席では二人が、静かに二人だけの呼吸を重ねるようにしながら寄り添って。自分なんかまるで入り込む余地なんかないではないか、と思い知らせるかのようにしてそこに座っているのだから溜まったものではない。

 思い悩むくらいならいっそ告げてしまえ、とは分かっていながらもフラれるのが怖いなんて女々しい自分も共存していて――。

「……駄目じゃん……」

 はぁ、とコレまで以上に濃いため息を吐き出して上原は予想以上にヘタレだった自分を嫌悪する。

 ちなみにこの密やかなる恋慕は誰にも打ち明けておらず、というか話したところで協力者が得られるでもない。何せ二人でいつもひっついていて、彼らは他のクラスメイトとの関わりを持たないのであるから。

 流石に全学年分が移動するともなるとそりゃあもうかなりの人数で、学年別で日付を分けるなり何らかの対策を取ればいいのに、とも思うのだが。

「あ……泉水だ」

 緒川がぽつりと呟いたので、その視線の先を追うと白色のヘッドホンを耳から垂らした少年。面長の長身が目立つそいつは同じ剣道部である、名を泉水といった。いつも音楽を聞いていて、人の話を聞かない奴だ。一年の間は、それを理由に先輩からしょっちゅうイビられていたのを見かけた。今でこそ三年に上がって、自分達が先輩の立場になったからそんな相手もいなくなったけど。

 躍起になって泉水に嫌がらせをしている先輩達もどうかと思ったが、まあ泉水も泉水で悪い部分もあるというか――。

「泉水、おい泉水ってば」

 こちらには目もくれずに立ち去ろうとする泉水の肩を掴んで振り向かせ、上原は泉水に呼びかけた。

「シカトすんなってば」
「……おお」
「お前も来てたんだなぁ、てっきりサボるとばかり」

 意外そうに呟く上原にも、泉水はいつものどこか惚けたみたいな顔のままで「うん」とだけ答えた。

 場繋ぎ程度の世間話をしてから、泉水はまた歩き出した。見送りながら、誰の輪にも加わらない彼を見てやっぱり泉水はクラスメイトの誰とも関わっていないんだなぁと妙に納得してしまった。

「上ちゃん、よくあいつと喋れんね」
「? ああ、泉水とか」
「俺、無理だ。試しに何度か話を振ったけど続かなかったんだよな」

 緒川が苦笑交じりに呟くのを上原が横目で見つめた。上原が軽く笑いながら続けた。

「や、俺も会話なんてしてないよ。俺が一方的に話してるのをあいつはうんうん頷いてるだけっていうか?」
「それが凄いよな、って言ってんの」

 根気あるよなぁ、とえらく感心したように言われてしまい上原は内心で「そんなに凄い事なのか?」と首を傾げる思いだった。




びっくりするくらい性格が違う上原と緒川でした。
上ちゃんってなにwwwwはらいてーwww
泉水くんもいるけど違う……!
それどころか梓ちゃん(のちのビヤーキー)も
違うんだよね〜これが!!
ブレてないのは明歩くらいのような?


Modoru Susumu
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