Nightmare Crisis

27、愛のない人々が増える

 何かとてつもなく嫌な予感がしたからだ。どうして彼は、私がここにいる事を分かっていたんだろう? そんなの答えは簡単で、単に封鎖された小屋があったからそこに生存者がいる。もしかしたら明歩かもしれない、と思って単に呼びかけただけの事なのかもしれないが。

 だが――、何故か明歩は、すぐにそれを受け入れられずにいた。

「明歩?」
「緒川君、みんなは?」
「戦いながらバラバラになった。……頼む、ここを開けてくれ」
「……」

 明歩の鉈を握る手に一層力が込められた。疑心暗鬼に苛まれつつも、明歩は扉を開けた。少しだけ開けると、ほとんど雪崩れ込む様にして緒川が倒れてきた。

「あっ……」

 緒川のその身体は満身創痍であり、しかも右腕が無かった。無くなった右部分を庇うようにしながら緒川は這うようにして室内に入り込んだ。

 それから緒川はカーテンにまで辿り着くと持っていたナイフでそれを千切り、右腕の部分に巻こうとしていた。

「――怪我、してる」
「……畜生、やっぱりあんな奴らと関わるんじゃなかった! ろくなもんじゃない」
「腕、どうしたの?」
「噛まれたから切り落としてきたやった、ざまぁみろ」

 そう言って緒川はげらげらと楽しそうに笑った。

「噛まれたんだ」
「ああ、でも切り落としたから問題ないだろ……っ、あ、明歩?」

 緒川の傍に立ち尽くす明歩は鉈を持ったまま、じりじりと緒川を見下ろしていた。

「――何だよその怖い顔。だ、大丈夫だって言ってるだろ?」
「でも、だからと言って感染が防げるという確証も無い」
「……っ、あ、あいつらだって言ってたじゃないか。根室が噛まれた時すぐにそうしていればもしかしたら根室もああならずに済んだって……」
「あの人達が信用できるかと言えば、そうでもないわ」

 淡々とした口調で言ってのけ、明歩はいつしかその鉈をしっかりと構えていた。

「あ、明歩……? 冗談だろ」
「冗談なんか言える状況じゃないでしょう……」
「やめろ――やめてくれ……お願いだから……」

 もう抵抗する気力さえ、緒川には残されていないようだった。虫の息状態の彼にとどめをさすのはとても簡単な事のように思える。明歩にはもう、迷いも無かった。この人を殺す。そうする事でしか自分が生き延びる術は無い。

 それがもはや義務付けられた事のように、明歩はもうすっかり恐怖と不安で引き裂かれた心の中――戒めるものは何も無かった。

 部屋の中に浮かび上がる二人分の影。次の瞬間には壁に向かって鮮血が飛び散っていた。

――しばしの、静寂。

 脳天に鉈が突き刺さった男子生徒の死体と二人きり。

 気が狂うかと思ったが、動き回る死体よりはマシだった。いつこの死体が起き上がるものかとヒヤヒヤしたが、まあ、大丈夫。

 明歩は日の差した外を見て、立ち上がった。昨日の惨劇とはまるで無縁そうな穏やかさ。明歩は立ち上がると、そっと扉を開けた。嘘のように静まり返った周囲を見渡しつつ、そっと一歩踏み出した瞬間であった。

「おい」
「……。上原君?」

 怪我だらけの上原が、日本刀を持ったまま突っ立っていた。

「緒川は?」
「し、知らない」
「嘘言うな。こっちに逃げたのを見た」
「知らない!」

 それから上原は、何を思ったのか無理やり小屋に入ろうとするのをやめた。そして明歩の方を見た。しげしげと見つめてから、突拍子も無く呟いた。

「血がついてるな」
「……え?」
「怪我したのか?」

 どこか心配そうに尋ねかけてきたが、明歩はそれが返り血等とは言えなかった。それも緒川を殺した時に跳ねた返り血などとは、とてもじゃないが。黙っていると、上原は嬉しそうに言った。

「――いいものがあるんだよ」
「は?」

 そう言って上原は手にしていた日本刀を自分の手首に立てた。

「な、何してるのよ……」

 怯えた声で明歩が尋ねるが、上原は自らを傷つけたその日本刀を置いてから言った。

「飲めよ」

 そう言って皮膚の裂け、血の滲む腕を見せ付けて……上原は明歩に近づいた。血まみれになった自分の手で、明歩の顎を掴んだ。

「いや! 何なのよ、放して変態!!」
「馬鹿言うな! 俺は救済してあげようって言うんだぞ、この血に触れれば人類を超越出来るってのにどうして拒否するんだ! どうして!」

――ああ、もう駄目なんだわ。きっとこの人も、もう……

 自分と同じでもうすっかり恐怖で心が引き裂かれてしまった可哀相な存在。相手方の物だと思われる鉄っぽい血の味がしみこんできて、いっそ不快ですらあった。こんな頭のいかれた野郎、とっとといなくなってしまえばいいのに。死ねばいいのに。

 明歩は彼の捨てた日本刀を、次の瞬間にはもう迷う事無く手にしていた。

「……」

 悲鳴も無く、彼は自分の胸を突いたその刃をまるで信じられないもののように見つめていた。明歩がそれを引き抜いて、崩れ落ちる彼を見下ろした。

「……頭も……跳ねておくべきよね」

 吐血しながら、上原は明歩の足首を掴んだ。上原はどうして、と何度も繰り返していたが気にする事ではなかった。それから、そうだ――先程の鉈を思い出した。全身、粉々に、骨までも砕いてバラバラにして、もう二度と動き出さないように……



「バイバイ、上原君」
 



ここで肉塊にされた哀れ上原ですが
血のお陰で生き返るんでしょうね。
生き返るというよりは、
LSD世界の上原の魂が
引っ張ってこられたような感じなのかな。


Modoru Susumu
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