明歩の手を取りながら、上原達は早くも移動を開始していた。礼拝堂を離れて、彼らが次に向かうのは自室だ。部屋に置いてある荷物の中には、ラジオや簡単な医療品、それからなけなしの食料(とは言ってもせいぜいがガムやら飴等の駄菓子類なのだが)もあったし部屋には懐中電灯もあった筈だ。
ここを脱して山を下るにしたって、準備は必要だった。それに身を潜めている者だっているだろう、途中で合流できれば更に良かったのだが――。
「あ、ふ、伏せてッ!」
根室の声に皆が従って姿勢を低くする。身を潜めているそのすぐ横を、下顎の抉れた中年ゾンビが通過していく。
「……ひっ……」
目玉の半分飛び出したその容姿のえぐさに、明歩が悲鳴を上げそうになった。が、慌てて緒川が背後からその口を塞いだ。
中年ゾンビはふらふらとした足取りで、全身に割れたガラスが突き刺さっていた。夢中で逃げようとして、襲われでもしたのだろうか。
「――……」
上原が眉間に皺を寄せつつ、それを見送った。
明歩はもはや目を閉じ、ともすれば過呼吸にでもなりかねないのではないかというくらいにぜえぜえと肩で息をしているみたいだった。時折泣き声のようなものも混ざっていたが、それさえも上げる事が許されない中で明歩はぶるぶると震えていた。
「行こう、もう平気だ」
腰がほとんど砕けたようになっている明歩を起こしながら、緒川がそれに従って歩き出した。
「地獄だよ」
緒川が呟いたそれを拾うのは根室だった。
「本当にその通りです。これは比喩でも何でもなく、多分、大真面目にここは地獄なんです、センパイ」
「……」
「俺はふざけちゃいませんよ、昔映画であったんすから」
根室に悪気はないのかもしれないが、緒川にしてみれば「こんな時に」という思いが先走って苛立ちを隠せなかった。
そしてそんな空気も構わずに、根室は更に語りを続けた。
「知りませんか、ルチオ・フルチっていうイタリアの映画監督。はっきり言ってストーリーとかはちゃめちゃなんすけどね、グロシーンの凄さに関してはそりゃもう天下一品の――」
「いい加減にしてくれ、根室! 今はそういうのどうだっていい、そういうの聞かされるこっちの身にもなってくれよ……」
「けどセンパイ、ほんとなんですよ。人間が、特に神に仕える者があまりにも罰当たりな事をするとね、厳重に守られていた筈の地獄とこの世を繋ぐ扉が開くんだって……」
彼のあまりの真剣さには怒鳴る気力さえ失せてきた。緒川は大袈裟なまでにため息を吐いて、それから背を向けてしまった。
「何か、身を守る武器があったらいいのにな」
上原が呟き、それから辺りを見渡した。
「そういえば……」
その言葉に、緒川が何か思い出したように言葉を発した。
「玩具だと思ってスルーしたけどさ。……泉水の奴、スポーツバッグに突き刺してあったあれ、見た?」
「何が」
「……真剣みたいなの」
言いながら信じきっていないのか、緒川が苦笑交じりに言った。
「練習用に竹刀でも持ってきたんだと思ってたけどさ……あいつそういう真面目な奴じゃないしな。布に包んであったけど、あれ多分、真剣じゃないのかな」
「まさか、何でそんなモン……それじゃあまるでこの出来事を予測してたみたいじゃないか」
乾いた笑いを零す上原に、緒川も同様に笑うより他無いといった感じであった。
「だよな。考え過ぎ、だな」
「……」
そういえば泉水は今、どこで何をしているのか。生きているのか死んでいるのか、それさえももはや不明であった。
根室君は悪い子じゃないけど
こういう場面では凄くうざいと思う。
間が悪いっていうか、
思った事そのまんま口にだすせいで…。