Nightmare Crisis

13、禍つ神の恩寵によって

 頷いて、二人は更に身を屈めた。

「どこかこの辺りで――」
「しぃっ!」

 彩花にたしなめられ、育子が口を塞げば彼女の予想が当たったようだ。どうやら自分達のすぐ傍で、その秘密の逢引? は繰り広げられている。が、しかし……引っかかる事があった。

 声は確かに聞こえている。男と女、恐らく南雲暁と梓のもの――だがしかし、もう一人、誰か別の男の声がしているのだ。

「……?」

 怪訝そうに二人が顔を見合わせていると、耳も慣れてきたのか会話のやり取りも節々ではあるが聞き取れるようにはなった。

「――何度も言った筈なんだけど」

 暁の声に続いて、梓の声が被さった。

「私達に関わらないでくれるかしら」
「……何もお前らの邪魔をしようっていうんじゃないんだけど」
「私達の視界に入ろうとするだけで邪魔なのよ」

 感情を抑えているような声からは、揉めているような雰囲気には聞こえない。だが言っている内容としてはあまりいい雲行きではなさそうである。

 だが、もう一人の男の声がいまいち聞き取れずに彩花も育子もやきもきとした。二人の邪魔をしているというその人物は一体誰なのだろう、気になって仕方はないが……。

「……そうやってお前達はこれからも排他的に生きてくんだな?」
「……答える義務はないね」

 暁の投げやりな態度に、もう一人の声の主は忌々しそうに呟いた。

「お前らが悪いんだからな」
「何が?」
「もういい……もう全部遅いんだよ。お前達が――俺を受け入れてくれないのなら、俺を受け入れてくれる世界を作ればいいだけの話だから」

 半ば拗ねたようなその声に、ばつが悪そうな声を出すのは暁だった。

「お前……」

 言葉を切って、暁は続けた。

「お前まさか――」
「はっ……、遅いんだって言っただろ。もう止められないからな、俺はやったんだ。やってやったんだぞ畜生」
「北山君――」

――北山!?

 盗み聞きしていた女子二人がどよめいたのはほぼ同時であった。北山とは、あの北山か。クラスでリーダー気取りの、あの不良男。それが何であの二人と?

「……誰だ、さっきから聞き耳立ててるの」

 暁の声に、女子生徒二人が後ずさった。

「やばい」
「気付いてたの?」

 彩花と育子は顔を見合わせた後、それから互いに手を取り合ってから駆け出した。

「……逃げたわ、お兄様」

 遠ざかる足音を聞きながら梓が呟くも、暁はあまり興味が無さそうだった。というよりも、追いかけたところで状況が変わらないのをよく理解しているのだろうか。取り立てて騒ぐでもなく、今はそれよりも。

「北山君、自分が何したのか分かってるのかい?」
「俺がそんな覚悟の無い男に見えるってのかぁ〜、オイ」

 北山が低く笑い、それから一歩脚を進めた。足元の砂利を踏みしめて、北山が二人の前に立った。

「……お、俺はネクロノミコンに選ばれたんだ……地の底より『深きものども』が甦り、今に地上は地獄の釜底と化すぞ!――塗り替えてやるんだ全てを。この世とあの世をひっつけてやる!」

 興奮気味に叫ぶ目の前の北山を、二人は随分と白けた様子で眺めていた事だろう。あるいは、何言ってんだコイツ、ってなもんだったかもしれないが。

 今、目の前で喚いてるのは、そのネクロノミコンとやらに選ばれた邪神の如き存在とは違っている。二人にとっては単なる大きなお子ちゃまだった。どうしても欲しい、お目当ての玩具が買ってもらえなくて駄々をこねる子どもと大差がないように感じていた。ママ、欲しいんだ! あのプラモデルが欲しくて欲しくてたまらないんだよ!……そんな具合に。

「馬鹿ね……どうしようもない馬鹿よ、こいつ」

 梓の声を聞きながら、暁は既に腰のベルトに差してあった細身のナイフに指先を伸ばしていた。

「梓……」
「――ええ、分かってる……」
「決壊したんだ!……均衡を保っていた筈の橋がね、そうなりゃ次に何が起こるか分かるだろ? えぇ、おい!?」

 雑木林の中から近づいてくる獣じみた息遣いに、二人は身を寄せ合っていた。目の前で笑う狂人の事はもう、どうだって良かった。あの世とこの世が繋がるまで、もうあとほんの数秒。



あらあらまあまあ
ネクロノミコンはあっちの世界も
こっちの世界も全部ぐちゃぐちゃにしたいのね
ルルイエ異本もそんな感じだけど……
このサブタイトル「禍つ神の〜」って
アンネちゃんハスター化フラグだったんだな


Modoru Susumu
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