Nightmare Crisis

15、少年を殺したのはどの狂気か

「――……」

 夢にまで見ていた世界が、今目の前に広がっている。

――何だ? 一体何だこれは?

 その例の少年、泉水は……霧の中で皆とはぐれ、仕方が無しに彷徨っていた所でその生物に出会ったのだ。

「……マジかよ」

 片耳のイヤホンを外しながら、泉水は思わず目の前のそいつ……同じ学校の制服を身に着けたゾンビの唸り声に耳を澄ませてみた。

「お前ゾンビなの?」
「ううううう」
「なあ……た、試しに片腕切ってもいい?」
「う、う、おお」

 ガチガチと上下の歯を鳴らす小太り気味の男子生徒のゾンビは、非常にスローな動きで近寄ってきた。その攻撃はすぐにかわすことが出来た。

 泉水は真剣と噂されたその刀――そう、向けられた疑惑は的中してそれは本物の日本刀である。いつかどこか、人知れずそれを振るってみたいとは思っていたが……機会も無かったので、山奥に来るという今日を利用してそれを実行しようとしていた矢先だった。

 斬れたら、別に何でも良かった。

 そう、山奥に存在する動物何でも――自分はひょっとしたら何かサイコパスか、そういう類なのかもしれないがさして否定もしない。それならそれを認めて、受け入れて生きていくだけなのだ。

 だがしかし、コレは思わぬ収穫であった。外の世界で何が起きているのか知らないが、知ったこっちゃないが、まあ、うん、とにかく。初めに襲い掛かってきたのはこのデブだ。そして今も、こうやって危害を加えようとしているわけで。

「これって立派な正当防衛だよな? なぁ、このデブ」

 男子生徒は既にどこかで傷を負い血まみれだったがゆえに、ひょっとしたらこいつはゾンビなんじゃないか? なんていう発想に至ったわけだが。

 泉水は深く呼吸し、半ば興奮気味に腰を沈めた。抜刀の構えを取った――泉水のヘッドホンから流れる洋楽が、サビの最高潮を迎えている。気分を盛り上げるのには丁度良かった。

「……ぁああああッ!!」

 叫び声を発すると、勢いよく距離を詰め、それからゾンビの右腕を奪った。血飛沫が霧の中に舞うのを見届けて、泉水のテンションは最高の昂ぶりを見せた。

――凄い! シミュレーションしていた通りじゃないか!

 ノリのいいドラムと、小気味良いギターテンポがBGMとなって泉水は大はしゃぎでその刀を振るった。

 次いで現れた二体目の女ゾンビも楽勝だった。リズムに乗りながら軽めのフットワークでかわし、その首を刈った。

――すごい……すごいすごいすごい! 何だこれ!

 女の長く伸ばされた髪が血飛沫と共に飛び上がり、泉水は返り血を顔に浴びせられながら堪えきれずに笑った。毎夜毎夜妄想していた、その願いが聞き入れられたのだ。自分が主役だった。自分だけが主役だった。この血生臭い世界では!

 ゾンビ達は無数に、無限に現れる。

 一体、二体、三体、四体……だが、もうすっかり無敵の気分でいる泉水の敵ではなかった。泉水は長めの前髪に隠され気味の両目が、まるで濡れた様に輝いているのに自分でも気付けなかった。腹の底から笑いが起きて、楽しくて楽しくてしょうがなかった。

「……は、あはは、あはは! あはっ!!」

 色んな斬り方を試したくなり、今度は正眼で構えた。技の応用編だ、次の大会に向けて練習でもしてやるかと泉水は鼻を鳴らした。クソつまらない部活の練習は大嫌いだが、こんな練習なら大歓迎である。

 制服のシャツがもうすっかり返り血まみれになっていたが、気にならなかった。

「オラッ、次来いよ次! どうなってんだよ、ゾンビさんよぉおお〜〜!」

 げらげらと大笑いしていると、途端にゾンビの急襲がぴたりと止んだ。それでいて不自然なほどの静けさが訪れたのだから、泉水も流石に不審に思う。

――何だ?

 泉水が刀を降ろし、刀身についた血を払っていた。

「……」

 何か、強烈な悪臭がした。

 ゾンビの腐臭や、その大量に浴びてしまった血液とも違う……何か……また別の……泉水が音楽に気を取られながら振り向いた時にはそいつは既にそこにいた。

「……は?」

 霧の中から突如現れた巨大な肉の塊だった、それは――そいつの容姿を説明するとしたら、奇妙にブヨブヨとした、伸びきった皮膚。ところどころその皮膚が火傷跡のようにめくれており、そしてその塊には何故かちゃんと腕らしきものがあった。

 人としての形を僅かに残したままで、ブクブクと肥大した生物。

――ゾンビなのか? これは? 何だこいつは?

 思う間もなく、その巨大生物は泉水の身体に手を伸ばしていた。ぐ、と泉水が呻いたが何の意味ももたらさなかった。一瞬の驕りが招いた、一生分のミスだ。泉水はその急襲者に驚くあまり、手の中にあった刀を落としていた。

――しまっ……、

 既に自分の体は持ち上げられていて、すぐ傍にその奇妙なゾンビが自分を見つめている。目は見つけられなかったが、そいつの顔に当たる部分には口と思しき亀裂が走っているのが分かった。

「ヒッ……」

 初めて、死への恐怖を感じていた。死を与えられるという事、それはこんなにも恐ろしく、そして哀れなものなのだと……気付けた時にはもう、何もかもが遅かった。

 泉水の頭部が、そいつに丸呑みにされていたのは次の瞬間であった。ガリゴリと硬い物を押し潰すような嫌な音がして、それから首から上を失った泉水の細長い長身の体躯が……その場に投げ捨てられた。

 遊び尽くして飽きてしまった玩具でも捨てるみたいに、そいつは泉水の身体にはもう何の興味も示さないのであった。

 頭部の無い泉水の身体は、しばらく痙攣を繰り返していたみたいだがそれもすぐに収まった。彼の愛用していた刀が、そのすぐ傍の血だまりの中に転がっていた。
 



イケメン死亡。
しかもマミさん状態で……哀れ、泉水。
人気出そうなフリしておいてこの退場はヒドイ。
酷いけどこういうのがゾンビものの醍醐味でもあるから
また厄介だったりしますね。
ウォーキングデッドでダリルたんが
死なないものかハラハラしてます。
そして泉水を食ったこのでかいゾンビは
esのラストにも出てくる気持ち悪い物体ですね。
弾丸通りにくそうで戦いにくそうだ。


Modoru Susumu
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