終盤戦


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04-1.食いついた魚



 たちまち廃墟に銃声が轟き始めた。

「……全員いる!?」
「た、多分な……って、うぉおおお!!」

 弱弱しい返事を寄越しかけた創介であったが、すぐさま何らかの存在によって遮られる事となる――どうやらチーマー風のファッションに身を包んだゾンビにしがみ付かれていたらしい。だからよそ見すんなってあれほど……と後悔しようが後の祭りだ。

 パニックに陥りかけたその刹那に、銃声が二、三発聞こえゾンビの拘束が緩む。

「セーフ……」

 倒れたゾンビの背後に立っていたのはその二丁の拳銃を華麗に操る眼鏡野郎ことヒロシだ。白煙の立ち昇るそれをヒロシは手の中でくるくるとトリガーに引っ掛けて回しホルスターにさっとしまって見せた。

「……油断、しないで下さいね」

 ぽつりと呟きながらヒロシがその横を通り過ぎていく。

「ぐぬぬ……カッコつけやがって。眼鏡の癖して決まってるな〜、あいつ。モヤシみたいなのに」
「この際眼鏡は関係ないだろ」

 凛太郎が囁くと創介は益々悔しそうにヒロシのその背中を睨み付けた。

「ていうかおい、フジナミ!」

 ミツヒロが思いついたように絶叫した。

「あんにゃろーふざけやがって、バカチンが! 腹減ったから帰るだの抜かしやがったぞ」
「どこに行ったんでしょうね〜? おっかしいなぁ。ここかな?」

 言いながらルーシーはとても人一人が入り込めるスペースなどなさそうなダンボールをひっくり返したりしている。こういう部分は天然でやっているのか狙ってやっているのかルーシーの謎な部分である。

「フジナミ、てんめぇ置いてくぞ!……ええい、くそ! アホンダラ!」

 実に苛立っているらしくミツヒロはその場にあった自動販売機を蹴り上げていた。

「乱暴だなあ……」

 創介がミツヒロを見ながら呟くと、振り返りざまに超・睨まれた。

「クソが! 俺はもう知らんぞ、こうなりゃ本気で置き去りにして……」
「待って待って」

 ルーシーが薄笑いを浮かべながらそれを制した。もう片方の手で、今しがたミツヒロの蹴った自動販売機を指差すので一同顔をしかめる。

『……あったりー! おっめでとぉ! これで今日一日、ウルトラハッピー!』

 幼女の声で自動販売機が何やら言い出したかと思うと取り出し口の方に何やらドタドタと降り注いでくるのが分かった。

 言うまでもなく蹴られた衝撃で機械が誤作動をおこしたのだろう、ジュース類が大量に降り注いだようである。

 その音を聞きつけたように上から人影が一人、ササっと機敏な動きで飛び降りてきた。

「うおっ、ゾンビッ!?」

……ではなくて、フジナミであった。

「ジュース! どこっ、ジュース!」

 フジナミは目を輝かせて自動販売機へとまっしぐらして行った。

「……フジナミこの野郎っ!」

 ミツヒロが無心にジュースを漁っているフジナミをひっ捕まえて無理やりこっちへと振り向かせた。

「どこ行ってやがった、ボケ! 時間を無駄に消費させるな!」
「お腹すいたからお菓子食べてたぁ。うししのし〜」
「……殺すぞ! マジで!」

 言い争う二人を、背後からルーシーが首根っこを掴んでその場に立たせる。

「はいはい、時間が勿体ないよ。とっとと車乗って」
「こらてめえフジナミ、聞いてんのかッ!……今日という今日はなァアっ」

 当然この人数が車に収まるはずもなく、無理やり敷き詰められてしまった。小柄な者は膝の上に乗せられているらしい。

「よっこいせ」

 ルーシーがちゃっかりと助手席に乗りその扉を閉めると、後ろの座席から一斉にブーイングが飛んだ。

「何でルーシーだけ一人伸び伸びとそこ座ってんだよ! おかしーだろ!」

 窮屈そうに抗議するがルーシーは助手席で脚を伸ばしながら実に涼しげな顔つきだ。

「あら、おかしいかしら? 先輩を敬うのは当然のことだと思うのですけど。そんなに言うなら僕を倒してどけてもいいですよ〜、ア! 何なら全員でかかってきなさいな! 全然負ける気はしませんけどね」
「ぐぬぬ……」

 ミツヒロが悔しそうに呻くと、その隣で雛木が忌々しそうに喚いた。

「ねえ、ガチで全員でやっちまおうよ! さっきからあいつ一人だけ余裕かましてて何か気に入らないんだけど! 何なのあいつ、ちょ〜っと普通よりマシな顔立ちしてるぐらいで調子にのっちゃってさ、馬鹿じゃねえの?……まあ僕のほうが数百倍可愛いけどね!」
「無理。やるならお前一人でやってくれ、俺はまだ死にたくない。例え運良く命が残っても顔面骨折……脳挫傷……内臓破裂……歯冠破折に失明、何らかのハンデを抱えてこれからの生涯は国からは手当をもらいながら生きる事になるだろうけどな!」
「ちぇ、つまんねえの〜!」

 頬を膨らます雛木であったがその下敷きになっているヒロシが苦しそうに声を上げた。

「それで……、そのまりあ達は?――しかし貴方達何ていうか本当に不衛生ですね、近くにあんまりいたくないんですけど」
「ンだオラこの眼鏡! 俺らが臭いとか言いたいのか、この野郎!……ってまぁどうでもいいか。そうだよ、ナンシーちゃんもどこ行った?」

 創介が被せるように声を漏らすとルーシーが背後を振り返る。

「フジナミくん、何か見てませんか?」
「ふえ?」

 この状況でも構う事なく缶ジュースの蓋を開けるフジナミに、ミツヒロがまたもや怒りを増幅させて叫んだ。

「ふえ?……じゃ、ねーんだよボケがぁ! 何か見てたんじゃないのかよ! 出て行くあいつらの姿とかをよ!」
「……んーーとね」

 フジナミが言いながら缶のジュースをずずず、と啜った。

「何か、車がねえ、いたよ。走り去っていった。あっちのほうに」

 ジュースを飲みながらフジナミが南の方角を指差した。確かにぬかるんだ地面に今しがた出来たばかりのようなタイヤの跡が見える。

「……恐らくそいつらにまりあ達は拉致されたんですね……しかし誰が何の目的で……」

 考え込むヒロシに、フジナミが更に呟いた。

「何かねぇ、お肉がどうのこうの言ってたよぉ。ママに材料を渡すんだって。意味わかんないね! ししっ」
「……」

 ふとカーラジオから、いやに騒がしい歌が聞こえてきた。童女のようなあどけない歌声で、それは車内へと響き渡っているのだった。

『――濃厚な味わい! もちもちの食感にジューシィな肉汁っ! とろける美味に地獄の閻魔様も舌鼓、誰もが認めた肉まん食べるなら!』
『スグそこ! 灰汁池(あくいけ)町四丁目のお肉屋さん、<ひかりごけ>へ!』

 一同の目がそこで点になった。

「……お肉?」
「材料……」

 あんまり考えたくはない、最悪の状況。言葉を失う一同に、ヒロシが突然何か喘ぐように苦しげな声を一つ漏らした。

「ッ、く――」
「何だよ、眼鏡君! またイチャモンつける気か!」
「違……、あ・頭が……」

 ズキズキとこめかみの辺りが激しく痛む――、久しく感じていなかったその精神干渉に耐えつつ薄く目を開いた。カーラジオが、激しくノイズを上げ始めたかと思うとまるで黒板でも爪を立てて引っ掻くような生理的嫌悪感を催す音を垂れ流すのであった。

 当然、皆揃って顔を歪めたがラジオは続けざまにノイズの中から何かをこちらに語り掛けてくる。それは少年とも少女とも取れるような声色で囁きかけるように呟いてきた。

『そこは苦痛の館なんだよ……死体がたくさん……』
「えっ?」

 これはそういうコマーシャルの演出なのか、と疑いもしたが先程の歌っていた童女の声とは明らかに別人だ。声変わりする一歩手前くらいのあどけない少年のような声は、更に続けざまに言った。

『早く助けに行かないと。手遅れになってしまう前に』
「何だ……これまだCM続いてるのか?」

 訝るような眼差しを向けつつ創介が呟くが、ヒロシがこめかみあたりを押さえながら真っ先に否定した。

「……違う。この痛み――間違いないな」

 一人で何か納得するヒロシだったが、そんな意味深な発言をされても首を傾げるより他ないのだが。大した説明もせずにヒロシは伏せていた顔を上げ、運転手であるミミューに指示したのだった。

「タイヤの跡を辿って行きましょう。……四丁目ならそう遠くはない」
「本当に行くんだな? 間違ってたとして寄り道してる暇なんかないぞ」

 ミツヒロの声にヒロシはやはしさして反応は示さずに、にべもなくミミューにだけ言ってのけた。

「……とにかく急いで下さい。時間はあまり無いと思った方がいいです」
「――分かった、言われたとおりにするからね」

 ミミューが返しざまにサイドブレーキを降ろした。いつまたゾンビたちの奇襲が来るやら分からないのに同じところでぼーっとしているわけにもいくまい。

「はっしーん!」
「るッせーぞ、フジナミこらぁ!」

 きゃっきゃと子どものようにはしゃぐフジナミを叱り飛ばすのはやはりミツヒロであった。




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