終盤戦


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03-2.苦痛の館へようこそ



 まりあはライターの火を一度消すとナンシーの元へと小走りで駆け寄ってきた。

「手、手、手っ! 手よ!……誰かがまりあの手を握り返したのよ〜ッ!!」
「……は……?」
「疑ってるんでしょ! ヒドイわ!……本当よ、マジなのよ!? 行って触って確かめるといいわ!」

 取り乱したまりあを差し置き、ナンシーはライターを手に壁あたりを照らす。

「手、って……誰かいるってこと?」

 そのオレンジ色の明かりが、薄ぼんやりと壁を照らし始めた。

「――」

 光の先、確かに指先のようなものが見えた。

「誰……なの?」

 返事、なし。

 この時点でそこにいるのが生きている者ではないことを予想させるが……ナンシーが明かりを動かすと、そこにいたのは死体――ではない。人間の腕だけが壁にいくつもぶら下がっているのだった。

「……っ」
「きゃあ! 何これえ!」

 ナンシーは随分と冷静であったがまりあの方はそうはいかないようだ。

「う、腕!? 本物!? 本物よ、ねえ!」
「……ええ」

 ナンシーは冷静に返事をし、更に一歩二歩と明かりを持って移動する。

「きゃあああ!?」

 ナンシーが叫ぶよりも早くまりあが絶叫をした。

「ほ、骨! 人間の骨だわ! ねえ、透子! コレってちょーやばいよ、頭蓋骨よ!」
「分かってるわよ」
「分かってるって、本当に!? ねえ、事態の深刻さ分かってんの!? じゃ何でそんな冷静でいられるのよ、私達もここに仲間入りしなくちゃなんないわけ!? 嫌、絶対に嫌!」
「……キチガイみたいにぎゃあぎゃあと喚かないでよ! 私だって今打開策を考えている最中なのに!」

 しまった、と思った。つい冷静さを欠いて吠えてしまった。叫び返されてびくんとするまりあの顔を見てすぐさまに罪悪感が込み上げるが、謝っている暇もないだろう。

 ナンシーはくるっと踵を返すと潤んだ目を向けるまりあの横を通り過ぎて今度は反対の壁側を調べ始めた。

「……あんまりだわ」

 体育座りのまま、まりあは顔をうずめてめそめそと泣き始めた。

「私まだ十年とちょっとしか生きてないのよ。なのに、こんなところで死んじゃうのね。あんまりよ。まだ恋も知らないで……」

 何やら嘆き始めたまりあを無視してナンシーはしゃがみこむと、壁にそっと手を当てる。それから壁に耳をそっと当ててみた。

「やりたいこともたくさんあったのになぁ……高校に行ったらさぁ、ピアスを開けるつもりだったのに。それにかっこいいボーイフレンドたくさん見つけて私はチアリーディング部に所属するでしょ、それで学園カースト制度のトップに登り詰めて……」
「――この壁……」

 染みの跡をなぞりながらナンシーが肩を竦めた。それから思い立ったようにライターを取り出す。

――ここにもきっと人が吊るされていたのかしら? 何だか油っぽいわ……

 人の身体から染み出た油脂だろうと推測して、気分が悪くなりもしたがとにかく……ナンシーはライターの火を点けた。

 壁に近づけると、まりあが身を起こした。

「金髪で碧眼で背の高い御曹司と知り合ってそれから……、え? え? ちょっと。オイル、無駄遣いすんなって言ったくせに」
「ルーシー隊長の教えを思い出して。……窮地に追い込まれた時に使える対処法その五。困ったら、放火しろ。……って」

 まりあの目がしばしまんまると見開かれていた。すかさず思い出したように絶叫する。

「ちょ、ちょっと! 逃げ場がないのに火事なんて! 生きながら丸焼きなんか勘弁だからね、それに一酸化炭素中毒にでもなって死んじゃうかもしんないじゃん!」
「いいえ、大丈夫よ。……傍で話し声がしたもの、すぐにやってくるわ」
「え?」

 ガタゴトと騒がしい音がして、二人の部屋へと現れる影が見えた。

「ほらね」

 ナンシーが声を潜めながら呟く。……まりあはその思い切りの良さに感服しているばかりであった。


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