終盤戦


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34-1.太陽を待ちながら



「ナンシーちゃん」

 ナンシーはこちらに背を向けて座っていた。白い煙が一筋、浮かんでいるのが見えた。赤いマニキュアの施された爪の間、煙草が一本掴まれている。

 火を点けたはいいが、吸っていないのか灰が落とされること無くそのままになっている。考え事でもしているのかナンシーは創介の呼び声にも気付いていない。……いや、無視されただけだろうか。

「……ナンシーちゃん」

 念のためもう一度呼びかけてみると、今度はゆっくりと視線をこちらに動かした。僅かに目が合って微笑みかけたものの、すぐにまた正面を向いてしまった。

――あ、やっぱシカトされた……

 苦笑交じりに頬を掻いていると、ナンシーの方から言葉があった。

「まだ、あたしの事その名前で呼んでくれるのね。それ、本名じゃないのに」
「え? んー、まあそうかも、だけど……」

 さりげなく隣に腰を降ろしてみるが、特に嫌がられる事もなかったので安心した。

「もう言ったと思うけど、初めて出会った時に、適当に決めた名前なの。ナンシーって」

 ちょっと自嘲的に笑うと、ナンシーは煙草を地面に押し付けた。

「外で目についた看板から拝借したの。知ってる? ナンシー・ドールって歌手。あたしは初めて知った」

 ナンシーは、わざとらしいくらいによく喋った。

「……で、これももう話したかもしれないけどあたしの本当の名前は透子。一年前の事件の生き残りで、何〜の変哲も無い、只の女子高生。出来ることって言ったらせいぜいが特殊な訓練でも受けたみたいなフリをするだけで本当は何も出来ないの」

 そう言ってナンシーはあはは、と少女らしく笑った。

「私なりに、大人びた化粧とか服装とか頑張ってみたつもり。どう? 雰囲気出てたかな? 煙草もね、吸えなかったんだけど無理して吸ってたら何か大人っぽく見えるかなぁって。本当はまずくて仕方ないけど我慢して吸ってるうちに何か慣れちゃったみたいね」
「……」
「でね。いつも冷静ぶってたけど、ほんとはすっごい怖くていつも逃げたかったの。ううん、今だってそうよ――引き返せるなら引き返したいわ。……戦うのとか、正直ムリ。例えゾンビだろうと人を殺すのだってイヤに決まってる。それに痛いの嫌いだしね」

 膝を抱え込む姿勢になり、ナンシーは顔をうずめた。

「……ねえ、あんたも何か喋ってよ。いつもみたいにさー……何か私一人でぺらぺら喋ってるみたいじゃん?」

 無理して明るい調子を出しながらナンシーは言っていたが、その表情がどうなっているのかまでは分からなかった。

「ナンシーちゃんが何モンだろうが俺達にとっちゃナンシーちゃんはナンシーちゃんだよ。……別に変わんないってー、そんなん」

 創介が宙を仰ぎながら言い、付け加えるように更に言った。

「それに俺よかよ〜っぽど頼りになるじゃんか、ナンシーちゃんは。別にそれでいいと思うけど……それ以上でもそれ以下でもないんじゃ?」
「言うと思った」

 そこで笑いながらナンシーが顔を上げた。その顔が泣いてなかったようなので、何となく安心した。

「じゃあ、最後にもう一個質問」

 首を少し傾けながら、ナンシーが僅かな笑みを浮かべつつ呟いた。 創介が黙って続きを待っているとややあってからナンシーがその唇をうっすら開いた。

「……私達が救いたいものって一体何?」

 言い終えてから、だった。それまで微笑を浮かべていた……いや、まだ唇に笑みの形は残してはいたもののその声に嗚咽の色が混ざるのを聞いたのは。

――……

 ナンシーはそれで、さっきのあの奇妙な出来事を……思い出していた。そう、目の前で無残にも殺された彼の事。彼、トゥイードルダムのことは何も知らない。彼が何をしたのか、何をしてきたのか。それらを知るには当の本人が喪われてしまった今、真相を全て知るのは難しいだろう。だが――……。

 創介はしばらく黙っていた。何かを考え込むように珍しく真剣な顔をして、少し離れた場所に見える喧騒を眺めていた。

「――俺たちが救うんじゃないよ、多分。俺達はそうだな〜……、うーん」

 その投げかけられた言葉の意味を、彼なりに噛み砕こうというのだろう。創介はしばらくそうやって悪戦苦闘していたが、やがてぱっと思いついたように指先を持ち上げた。

「アシストみたいな? あ、そうだ。ナンシーちゃん、サッカーって好き?」
「え?」
「好き? 俺は好き」

 いきなりのように問い詰めてくるものだからナンシーも慌てふためいて何とか答えを紡ごうとする。

「……す、好きっていうかいち国民として応援くらいはするわよ……」
「じゃ、ホンダ好き!?」
「え、ええ、まぁ……」

 幾度と無く頷くと創介は満足そうに笑った。

「えーと、じゃあ……例えばあれだよ。ホンダのシュートがセラだとしたらそれを支えるのが俺イコールナガトモとカガワってとこか……?」
「はぁ?」

 当然、その唐突に始まった謎の説明に目を丸くするナンシーにも創介は構わず喋り続けていた。

「つまり俺たちはポジションで言うとDFで、ゴールを決める役割じゃないんだと思えばいいよ。でもゴールを決めるやつだって一人じゃとても強豪にゃあ勝てないわな。FWだけじゃ、そりゃ勝てんよ。MFやDF、キーパー、あとは勿論応援だってなくちゃ……」
「ちょ・ちょっと待って。何で急にそんな話に……」
「サッカーだって一人じゃ出来ないだろ! つうか何でもそうなんだよ、サッカーだけじゃない。みんなで協力しないと、なーんもできやしない。だろっ?」

 そう言い換えられてしまっては、ひどく苦悩していた筈の問題が何だか些細でちっぽけな事の様に思えるのだから――全く、不思議だった。

「ほら、サッカー中継見てて思わない? 彼らは別に誰かの為にゲームしてるとかじゃないよ。や、勿論それぞれに理由はあるかもしれないけどやっぱり自分がやりたいからサッカーしてるんでしょ? んで、戦ってる姿が、結果俺達に勇気をくれるわけじゃん? ね?」
「……そ、そうね。それは確かにそうよね……」
「だからさ、別にこだわる必要なんかないよ。ナンシーちゃんは自分の理由の為だけに目的を全うすればいいし」
「……」

 とても理に適った答えではないし、これが何かのテスト問題であったなら間違いなくバツをつけられるものであっただろうけれど――ナンシーにとっては、何故かそれが正しい答えのように感じられていた。


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