22-2.君は我のまぼろし
嬉しそうなその補足事項を聞き、ミミューが眉間から手を放しながら苦笑交じりに「なるほどね」と頷いた。
「……こりゃ文部省に批判が集中するわけだ」
ミミューが立ち上がりざま辺りを見渡した。所詮は一般人の手作り閃光弾だけあってか、威力はさほどないが一時的に足を止めるのには十分だったのだろう。目を押さえて苦しんでいる暴徒たちの姿がちらほらと目に入った。
「目が……目がぁあ〜……」
「ううっ、涙が止まらねえよぉ、畜生、イタイイタイ」
目を閉じて直撃はなんとかかわしたものの、創介自身まだ眩暈がしているのに気がついた。もろに見ていたと思うとぞっとする、下手したら失明だ。
「セラは……っ」
まだ色彩感覚の伴わない視界で見たセラは、ものともしないで依然その刀を振るっているようだった。もう彼がセラでないことは認めたとしても、その身体能力は一体何だというのか……もはや神がかった力が働いているとしか思えなかった。
「い・一般人があんなモン持ち出すなんて次は戦車でも出てくるんじゃねえの。手作り武装車だ〜とか言って……」
凛太郎が冗談をかますが本当にそうなりかねないので今は止めて欲しかった。皆がそれぞれ慌てふためく中を、ひたすらゾンビを切り捨てていくのは一人冷静沈着なセラであった。
セラが切り飛ばしたゾンビの生首が創介の頭の上にぼすん、っとぶつかった。危うく脳震盪だ、打ち所が悪ければ。
「あだっ!」
足元に転がってきた大口を開くゾンビの生首とばっちり目が合い、創介がゲッとのけぞった。
「ううっ……俺は何をしたら……」
欲を言えば早くこの乱闘騒ぎが収まって欲しいが、どうすればいいのか分からない。ああ、自分はやはりセラに守られてばかりで助けたことなどは一度もない。悲しい事に……。
「やめろっ!」
創介がどうすべきか考え込みはじめた矢先に、割って入ったのはやけに甲高いあどけない声だった。振り向くと屋敷の中から出てきたのであろうか、先ほどの背の低い少年が立ちつくしていた。
そう、トゥイードルディーである。
「やめろ、やめろ、やめるんだ!」
短い手足を前後運動させながらトゥイードルディーが殺し合いの中へと駆け込んでいこうとしたので、慌てて創介が止めに入った。
「おいこらチビ! 何考えてんだよ、あぶねえっ……」
背後からその小柄な身体を抱き上げると、トゥイードルディーは何度もかぶりを振り、放せと絶叫した。
「やめろっ、やめろよ!……ママの店なんだぞ! ここはママの店なんだぞっ! やめろよぉお!」
声変わりのしていないそのあどけない声で、トゥイードルディーが叫ぶ。その声に湿っぽい色が差しているのが分かった。
さほど重さのないその身体を抱えながら、創介が項垂れる彼の姿に視線を落とした。
「やめてくれよう、やめてくれ……俺たちの家なんだよぉ〜……」
「……」
その声が今度ははっきりと震えていた。抱きかかえている創介の手に、ぱたぱたと水滴のようなものが落ちる感触が残る。
創介が今も尚繰り広げられているその光景を見た。
実に無意味な、抗争だった。
「――馬鹿野郎……どいつもこいつも」
ぎりっと奥歯を噛み締める。
――畜生、どうすりゃいい? どうしたらこの状況を収められる?
無駄な血が流れれば流れるほどに、ゾンビの数は増えていく。貴重な生存者達は減らされ、やがてこの世はゾンビハーレムに――ああ、考えたくもない。