11-1.もっと光を(全ては嘘)
トゥイードルディーは、鏡の前に置かれたその椅子に座っていた。
ママが使うためか少々高めのその椅子は、手足の短いトゥイードルディーが乗るのは少々だけ苦労を要した。
ちなみに巨漢のトゥイードルダムに至っては「潰れるから乗ってはいけない」とお達しが出ているのだ。
「……」
黙ったままで、トゥイードルディーはテクノカットの上に被せられた耳あての付いたロシア帽にそっと手を乗せた。
てっぺんあたりを撫でると、トゥイードルディーはそれを外した。
それはテクノカットのてっぺん、頭のちょうど真ん中付近。ぽっかりと、円形にその場所だけ髪の毛が無い。それもその筈だ、幼少の時に切られた醜い手術跡がそこにはしっかり残っていて、後遺症なのかそこからもう頭髪は生えてこない。
――よしちゃんは、可哀想な子なのよ
そう言って一心不乱に、天に向かって何やら祈りを捧げていた母……そう、『ママ』ではない本当の産みの親のことを思い出した。
それから母は、トゥイードルディーが成長しなくなってしまったのは自分のせいだと何度も自分を責めて泣いた。そんな母のことを、父は止めるでもなく慰めるでもなく……これまたワケのわからない呪文を唱えながら、母に水を浴びせていた。
「あの子の為なんだ! あの子の為には必要な苦しみだ! 分かるか!?」
ぎゃあぎゃあと喚き散らしながら、父は、何度も何度も繰り返し母を水責めにしていた。まるで拷問のようであるにも関わらず、母は何だかうっとりとした顔をして、それから言った。
「――分かります! 分かります、あなた……ああ! あの子の苦しみが、こうやることで全身に伝わってくるかのよう……お願いもっと! もっと浴びせて頂戴! もっとよしちゃんの苦しみを理解したいの!!」
それに応えるかのように、父が頷くと、母の頭を鷲づかみにした。それから水でたっぷりの桶の中にバチャンと母の頭を突っ込んだ。
「……どうだぁ、美子ぉ! 苦しいか? 苦しいのか!? 見えたか、そこに世界は、光は見えたか!!」
「あああ、もう少し、もう少しなのッ! どうかもっと……」
黙って浴室の扉を閉めた我が子の姿にも気づくはずもなく、完全に気狂いと化した二人の饗宴は尚も続けられていたようだ。
トゥイードルディーは、それから、ふうとため息をついてまた帽子を被り直した。ぼんやりと鏡の自分と向かい合っていると、背後にいたペットのオウム(名前はフーパー)が何やら喚き始めた。
『シンニューシャッッ! シンニューシャ、ハッケンダヨ!』
ばたばたと両の羽を忙しなくはためかせながらフーパーはぎゃあぎゃあと鳥類特有の鳴き声でけたたましく鳴いてみせた。
――何だって、侵入者?
それを聞いて、トゥイードルディーは椅子からぴょいと飛び降りた。それから大事に片付けてある、自分の『オモチャ箱』目指して歩き始めた。
『コロセー! ギギ、シンリャクシャヲブッコロセー! ギギギGiGiGi』
「うるさいぞ、フーパー! 静かにするんだ! 静かにしないとお前から殺してやるからな!」
オモチャ箱からトゥイードルディーはいくつかの『オモチャ』を取り出し、ベルトに差した。
「……ようし。おい! 忠実な下僕どもめ、侵入者を退治してくるんだ!」
それから、トゥイードルディーが何やら指示を促し始めた。それらは彼にとってはある意味弟よりも忠実『しもべ』達なのだった。