06-4.17歳の斜陽
ミミューはちら、っと横で騒ぎ立てているルーシーを見つめた。
「なぁ」
「ん? 何か用ですか」
ハンドルを握り締めながらミミューが問いかけるとルーシーがこちらを見つめた。
「……あんたに会ったらずっと聞きたいと思っていた事が、あったんだ」
ミミューがいつになく荒っぽい口調でそう言った。ルーシーはどこか興味深そうに、にやにやとしながら一層とこちらに視線を送った。
「へ〜え。それは一体何でしょう? 是非とも教えて欲しいですねえ」
「あの時……、あんたは――言ったよな。自分は殺せる人間だと。そして僕は……いや、俺は殺せない人間だと言った」
ミミューは気づいているのか分からないが一人称が僕から俺に変わったのを創介は聞き逃さなかった。
「そうでしたっけ。僕、物覚えが悪いのでよく覚えていませんねえ」
「……そう言ったんだよ、あんたは!」
突然のように声を荒げたかと思うと、ミミューはハンドルを思い切り殴りつけた。その衝撃で、ブーッとクラクションが一つ鳴り響いた。
普段の温和な姿からは想像も出来ないくらいに昂ぶっているので、ミミューを知る者達は勿論のこと車内にいた全員が驚いて目を丸くした。ミミューは肩で息を吐きながら険しい表情でルーシーを見た。ルーシーはにこやかな笑みを称えたまま、そんなミミューの滑稽さを笑っているかのようにして続きを待っているようだった。
「……なあ、教えて欲しい」
幾分か落ち着きを取り戻した調子でミミューが言った。
「あれは一体どういう意味だったんだ。つまり俺は弱い人間だと、そういう事を言いたかったのか? 真意が知りたいんだ」
「はぁ? 突拍子もないことを言いますねえ、あなた」
ルーシーが脚を組み替えながら答える。
「僕はねえ、別に平気で人殺しが出来る人間が強いだなんて思っちゃいませんよ。何か貴方はとんでもない勘違いをしているみたいだ」
「……じゃあ質問を変える」
それを聞いてルーシーが一つ頷いた。背後の座席では一同が皆、固唾を飲んでその光景を見守っていた。二人が顔見知りだったという事実にも驚いていたし、ミミューがこんなにも取り乱している事にも驚きだ。
「何故俺を殺さなかったんだ。あの時、お前は十分に俺を殺せたんだ。……なのにお前は俺に見向きもしなかった」
語尾を昂ぶらせながらミミューが言う。
「だからぁ……」
ルーシーがまどろっこしそうに言い、半ば神経質にその脚を組み替えた。
「君、僕を何だと思ってるんですか? 僕は別に無差別に人を殺して悦ぶような変態ではありませんよ。まずはそれを分かって頂けますかね〜」
「……」
「うーん。簡単に言えば奪う価値もない命になんか僕は興味はないってことです。お分かり? 僕に当時の事は思い出せませんが簡単に言ってその時の貴方には、それに値するものがなかった。只それだけの事でしょう。難しい話じゃない」
「――俺が死んだところで何かが良くなるわけでも悪くなるわけでもない。そう判断したってことか?」
「まあ、そんなところが妥当でしょうね。多分」
けろっとしてそう答えるルーシーに、ミミューは……ただ、笑っていた。もっと言えば泣けばいいのか笑えばいいのか困り果てて、結局笑うしかなかったという具合に見えた。
正直、気でも違ったんじゃないかと見ていて不安になった。そしてその笑い声に被せるように隣でルーシーもゲラゲラと爆笑していた。見ているこっちまでおかしくなりそうだった。車内にわざとらしいぐらいの笑い声が響き渡った。
自嘲めいた笑い声と、泣き声との中間でミミューは言った。
「そうか。……そんなに価値が無い男だったのか、俺は」
顔は笑ってはいたけど、それは悲しそうな響きを伴いながら虚しく滑り落ちていくようだった。
「あれから俺は何度も思ったよ。どうしてあいつは俺を生かしておいたんだ、ってね。こんな身が生き続けていようが何の価値もありゃしない、全てを失ってまでどう生きればいい?……なあ、ルーシー・サルバトーレ。……お前はわざと俺を生かしておいたんだろう? あの施設から出た後の俺の人生を、影で笑っていたんだろう」
「はあ?……あのねえ、そろそろ頭痛くなってきましたよ。被害妄想も大概にしてもらわないと。僕、面白い人は好きだけど馬鹿は嫌いだなあ〜」
嫌気が差してきたように顔を歪めるルーシーであったが構わずにミミューは喋り続けた。
「俺は少しでも自分の罪が償えるなら、と聖職者になった。毎日毎日いるのかいないのか分かりもしない神に祈り続けた、いつになったら自分は死ねるのか。そればかりを考えて過ごし続けていた。……なのに神はいつまでたっても俺に答えはくれないんだ。残酷だよ、神様なんて」
よよと泣き崩れ始めたミミューの背中を見ながらルーシーはさながら欧米人のようなリアクションで大きく首を振った。
「知らないよー、そんな事言われたって……ねえ、まだその話続ける気ですか? 僕が他人の人生なんか知ったところでどうしようもないんだけどなあ。彼我の死生をはっきりさせたいのかな? おっ、そう言うと何だか孫子兵法みたいだね」
「ルーシー、お前ってさ、学校行ってないくせに何だか難しい言葉は結構知ってるよな……」
前々から思ってたけど、とミツヒロが付け加えていうとルーシーは両手を大きく広げつつ宙を仰いで言うのだった。
「そうですよ。学校に行かずとも努力次第でこのように立派な人間になれるんですからね! 素晴らしいですね〜! 僕が思うに学校という場所はですね、教養を深める場所ではなく社会性・協調性を学ぶ場だと思うのですよ。……無料で!」
「……盛り上がってるところ悪いけどさあ、ナオ」
凛太郎がおずおずと口を挟むとルーシーがその両手を一度降ろしてからゆっくりと振り返った。
「破壊されつくしたこの光景と地図を照らし合わせると、多分このあたりなんだよね。例の肉屋」
「ほんとに行くの? ほっとけばぁー、そんな女二人くらい」
憮然として言い放つのは勿論雛木だ。
「だったら貴方が来なければ済む話だ。僕は一人でも行きます」
「うわ!」
言いながらヒロシが半身を持ち上げるものだから雛木はそのまま開脚したまま後ろにごろんと滑り落ちてしまった。
「おい、俺も行くぜお兄さんよ」
ミツヒロが抜け駆けするなと言わんばかりにその腰を持ち上げようとするが上に有沢が乗っかっているせいでままならなかったらしい。
「……そうしてくれると助かりますよ」
「あ、お、俺も行くよ!」
それまで気まずさゆえか(屁云々の話ではなく勿論セラとのことで、だ)黙りこくっていた創介も叫んだ。
「俺らの仲間も一緒に捕まってるんだ」
「仲間ぁ? 裏切り者じゃないかよ!」
もうほとんど何かの体位みたいに股をおっぴろげてひっくり返っている雛木が、自分の両脚の間から声を上げた。ちっとも苦しくなさそうなのは、やはり人間でない証拠か。
「そんな女ほっときゃいいでしょ。ね、有沢くんも同意でしょ?」
「……いや、行こう。目を離したのは俺の責任でもある」
素早い決断に雛木がチっと舌打ちをして見せた。
「あーあー、かっこいいなあ。王子様みたーい、ってね」
「茶化すなよ、雛木。そんなに嫌なら彼の言うようにここで待機していればいいだけの話だろう」
「はっ、こんなとこで待ちぼうけだなんてつまんなくてやってらんないよ。行くよ、めんどくさい」
雛木以外にごねる者はいない。車内の意見が一致したところで、車が停まった。ミミューも大声を上げたお陰なのかさっきよりは大分落ち着いているみたいだ。
ミミュりん……
こいつら何気にみんな闇が深いぜ。
表向きは明るいけど