終盤戦


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01-3.一目見て憎め



先程よりもワントーンほど低い声で言い、ヒロシが少しばかり背の高い創介をじりっと睨みつけた。

「――交渉は決裂した……というわけですね。こちらは穏便に済ませてあげようと言っているのに」
「そんなもん初めっからしとらんわ! もう一つおまけにばーかっ、うんこ! うんこったれ」

 小学生みたいな事を叫び散らしながら、創介が己の鼻の中に親指を突っ込んでおちょくるようなポーズを取っている。向けられている方からすればさぞかし腹立たしい顔であっただろう……。

 ヒロシがフっと鼻先で笑ってみる様に、ため息を吐いて見せた。

「……いいでしょう。ならば――」

 言いながらヒロシが、ホルスターに下げられていた二丁の拳銃を横手に放り投げた。どういうつもりなのかと創介がヒロシの顔を見た。ヒロシは余裕めいた笑顔すら浮かべ、言うのだった。

「お相手してさしあげましょう。……君達なんか僕の腕だけで十分です」

 ヒロシが手首の柔軟をさせながらさも優位に立っているかのように言い放った。

「なな、何だとこのォ〜……えーと……チクショー……あーと……」

 何かかっこいい切り返しを言わねば、と創介がわなわな震えていると、それまで何も言わなかったセラがすっと前に躍り出た。

「……みんなには手を出すな、君の言う通りだ。こいつらは関係ない」
「え、ぇえっ、ちょっとセラ!?」

 まさか、ヒロシ達含むこのワケのわからん連中に大人しくついていこうとでも言うのだろうか。

「人が今折角カッコいい切り返しを――じゃなくて! 何言ってんだよ、まさかこいつらに従うわけ……」

 慌てて創介が止めに入ろうとするが、すっとセラが片腕を上げてそれを制する。その仕草と言ったら、自分よりうんと背も小さいのにひどく落ち着いて見えて、何だかかっこよく見えたので……創介もあれこれ言わずにセラのそこから先の言葉を、待った。

「僕を連れて行くなら、僕に勝ってからだ。……そういう流れですよね? 武道、っていうのは。君も武道経験者なら分かる筈だよね、話し合うよりも殴り合った方が結論は早いさ」

 そう話すセラはいつもの冷静な、それでいてちょっと斜に構えたいつものセラに戻っていた。

「セラ……」
「――……」

 かと言って、余裕綽綽というワケでもないみたいだった。少し緊張したように、幾分か肩辺りが強張っているのが分かった。

「……お前の兄貴、ああ見えて結構熱くなるタイプだよな。どーすんだろ、マジで手だけでやるのか? あれで脚出してたら笑えるぜ〜」

 少し遠目から見守っていたミツヒロだったが、その横でまりあがせっせとそのキラッキラのチェーンソーをセットアップしているようであった。

「うっさいなー、つべこべ言わずにアタシらも出番だよ。これ」
「え、……マジで? やんの?」

 ミツヒロが眉間に皺を寄せながらルーシーを見るとルーシーは既にアップに入っているのであった……。

「それなりに打たれ強い連中だといいんですけどね。ま、僕らの名を知らしめるという意味でもいいんじゃないでしょうか? ねっ?」

 ルーシーが軽くシャドーをしながらにっこりと笑った。

 笑ってはいたが、多分マジだ――ミツヒロが引き攣り笑いを浮かべつつ、はあ、そうですね、というような事をぼやいていた。しかも何故か敬語で。

 ヒロシを筆頭にして、奴ら――『ランカスター・メリンの右手』が並ぶ。リーダーなのであろうこのルーシーと言う男……改めて見てもやはりどうにも得体の知れない恐ろしさがあった。

 目前にして創介は内心で喧嘩を売ったことをちょっと後悔していた……。

「おい」
「えっ……」
「――貴様、あんなに威勢よく啖呵を切って……まさか逃げ腰になってるんじゃないだろうな」

 有沢が肩を竦めつつ、創介の隣でそう言った。

「ま、まさかァ〜、そんなわけないじゃないっすかー、有沢さんったらな〜にを仰いますゥ……」
「――待て、何だその顔と声は……いや本当にビビリ入ってるんじゃあ」
「あいつは手強いよ、人間を相手してると思わない方がいい」

 二人の背後から囁くように言うのは双子のうちの一人……一真の方だった。

「――え?」
「あいつは……ナオは……、はっきり言って化け物だよ。本気で来られたら多分僕らなんて赤子の首を捻るようなものだね」

 ほとんど冗談なんて言わない一真が真顔でそう言うのだから、創介も有沢も、二人揃って息を飲んだ。

「おッ、俺はあいつの相手だけはしないぞ! マジで嫌だ! 無理、無理っ!」

 凛太郎に至っては泣きごとを漏らしながらぶんぶんと首を横に振るのだから更に追い打ちをかけられてしまう。そんな彼らの様子を見てなのか、その『化け物』もといルーシーが突然声をかけてきた。

「おーい。さっきも言ったと思うけど、そこの二人ぃ〜。身内でも僕は容赦しませんからね〜」

 一体、どんな脳内構造をしていたら家族も同然(まあその背景には色々とあるのだろうが――)の関係にある人間に、それも笑顔でそんな言葉が吐けるんだろう。

 凛太郎と一真がルーシー……そう、二人にとっては『ナオ』という名前の方がしっくりとくる。あの、忌まわしい、血塗られた屋敷での『生き残り同士』だった。

「よよよ、弱気になってんじゃねえってば!……いいか、あっちは……ひい、ふう、みいの……五人! でもこっちは八人ッ! どうだ、既に三人勝ってるぞ!!」

 創介が三本指を立てつつ誇らしげに叫ぶが、当然そんな事で浮かれるような皆ではない。

「おまけにあっちのメンバーはほぼガキばかり!!」

 極めつけだと言わんばかりに創介が嬉しそうに言うも張り詰めた空気は依然緩む事が無い。

「はあ!? ちょっとガキって何! 誰に向かって言ってんのよ、アンタねぇっ!」

 真っ先にヤジを飛ばしてくるのは勝気なまりあだった。

「おいっ、ガキってまさかそこに俺も含まれてんじゃねえだろうなコラァ!」

 その横でミツヒロも一緒になって叫び散らすが創介は気に留めていなさそうである。

「それに本物の化け物ならこっちにだっているだろ! 高飛車キングが!」
「……腹減った……、僕もう無理……」

 威勢よく雛木を指すのだが、腹の虫をグウ〜っと響かせながらその場にやる気なく座り込んでいるので先が思いやられると言うところである。その腹の音を聞きながらそこだけは人間らしいんだな、と妙に感心したくもなる。


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