終盤戦


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01-2.一目見て憎め



 ヒロシがセラの前でその足を止めたかと思うと、すっと人差し指を前に出した。

「それが貴方です、世良……いいや、竹垣……か。――ネクロノミコンから僕の脳に流れて来る情報は様々でしてね。映像のようなものであったり、考えそのものが何らかの形となって運ばれてくる。奴が欲していた宿主がお前だと判明し、更に竹垣の息子だという事実までが分かり――僕が行動を開始した時には既に世界はこの有り様でした」

 ヒロシがじりっとセラに詰め寄ると、セラが珍しく弱気な声を上げた。

「――っ……知らない……僕は何も、」
「じゃあ何故、ネクロノミコンを探しているんでしょう? 貴方のお父様もあれを喉から手が出るくらいに欲しがっていたんですよ。勿論、自らの勝手気ままな野心の達成の為にね。……では、貴方がそれを求める理由は?」

 ヒロシに問われてセラは言葉に詰まっているようだった。

「答えられないのは何か後ろめたい事でもあるからでしょうか……」

 語気を強めながら、やがてヒロシがセラの腕をぐっと掴んだ。

「……ッ」
「答えろ、竹垣。僕はこう見えて結構気が短いんですよ……まさか、既にネクロノミコンの宿主はお前なのか?」

 その腕を捻りあげられているのだろうか、セラが苦痛に顔を歪めるのが分かった。

――何? 何なの……?

 お喋りな創介でさえこんなにも沈黙だったのは珍しいだろう――そりゃ、こいつらの因果関係がさっぱり分からないしさっきからネクラの何たらクソたらと意味不明の単語が飛び交っていて理解できないのもあったし――、創介は慌ててセラを見た。

「あぐっ……!?」

 ヒロシは顔色一つとして変えずにセラの手首を逆関節に捻じり上げているようだった。ぎりぎりと、手首からの圧迫にセラは振りほどこうともせずにただ苦痛に悶えているみたいだ。

「何ならもっと痛くしてもいいんですよ。……皆の前で話すのが嫌だというのであれば、このままこちらへ来てもらいましょうか? そうすればそれだけで済みますしね、他の皆様には何の関わりも持たずにこの場は終了、ですよ」

 それは一切の感情を抜きにしたような、仕事本位的すぎる口調に響いた。もっと言えば、人間味の無い非人道的な言葉として今の創介の耳には届いているのだった。

――どうして……?

 セラの手首を捻り上げるこのヒロシだったかピロシキだったかいう少年が――英雄だの、ヒーローだのと言われていた筈の、その彼が……創介の目には単なる悪者にしか映らなかった。そう、勧善懲悪においては滅ぶべき方の存在にしか。

「なーーーーんだよ、痛めつけるなとかさんざっぱら言っておいて自分は好き放題か。クソ眼鏡、あとで絶対にレンズべったべた触りまくって指紋だらけにしてやる」
「ちょっと馬鹿な事言わないでよね、そんな事やったらタダじゃおかないわよ」

 まりあがミツヒロの内股を狙って軽くキックを飛ばすとミツヒロが姿勢を崩されたみたいにちょっとばかしがくんと倒れた。

「さあ、どうしますか? このまま骨が折れるまであと十秒といったところでしょうか」
「くっ……」

 セラの額に脂汗がじっとりと浮かんでいる。実際のところ相当痛いんだろうと一目見て分かった、セラの表情は強張っておりいつにも増して固く閉ざされた感じだった。

 こんな時いつでも止めに入るのはミミューの役目ではあるが――創介がミミューの顔をちらっと見ると、ミミューもどうしていいのか……というよりか、彼もまた彼で何やら別の場所に意識を取られているように感じた。青ざめて、何やら放心している状態に近いようにも見えた。気にもなったが、今はそんな場合じゃない。創介は慌ててセラの方へと視線を戻した。

――今、俺がしようとしている選択肢は果たして正しいのか?

 それでこの、過去の英雄が言うにはセラは『悪』なんだと。こまごました部分は置いておき、滅されるべきはセラの方なんだと。セラが、全部悪い。つまりはそういう事だ。だが……。

「――おいっ!」

 考えが至る前に、創介が叫んでいた。

「……何やってんだよ、この眼鏡野郎ッ!」

 創介が叫びざま二人の間に割って入る。ヒロシの拘束が緩んだのを見て創介がセラを庇うようにしながら彼らを引き離した。

「セラが痛がってんだろーが、このバカチンが! そんなことしちゃダメって教わってねえのか貴様は!?」
「……何ですか貴方? 関係無いでしょう」
「関係あるわい!」

 創介に抱きとめられるような格好で、セラが目を丸くさせている。一呼吸置いてから、創介がまた言った。

「セラはなあ、俺らの仲間なんだよ。仲間が痛い目に遭ってるのに止めないアホがいるかっていうんだ!」
「――その、貴方のお仲間のせいで、世界が今危機的状況なのですが?」
「……んなの知るか! 証拠も無いのにぎゃーぎゃー騒ぎたててるお前もヘンだろーが! ばーかばーか、うんこ」
「……」

 ヒロシの口元が僅かにひくんと痙攣した。

「あ、兄上に向かって何てオゲレツな〜! この無礼者ーッ! 地獄くらいじゃ生温いわぁああ!」

 ばたばたと暴れるまりあを背後から押さえながらミツヒロが言う。

「おーおー、揉めて来た、揉めて来た! いいねいいねーッ、そのままどんどんやっちゃって!」

 一体何を期待しているのかミツヒロが目を輝かせたような表情でいるのに対して、その隣でフジナミは大きなあくびをかました。そしてストライカーは何を思っているのかぶるぶるとその肩を震わせている……。

 黙ってそのやり取りを見ていたルーシーだったが――やはり腕組姿勢のまま、じっと今後の展開を見守るつもりだろう。

「とにかくッ!」

 創介がもう一度啖呵を切るようにして叫んだ。

「お前らみたいなワケわからん連中にうちのセラを渡せるか、っちゅー結論だ! ええ!? セラが何したか知らないけど俺はセラを信じてるし、ここにいるみんなセラを信じてんだよ! オッケー!? 分かったら、そのまま回れ右!」

 創介の腕の中、セラの目がもう一度大きく見開かれた。

「……後悔するぞ」

 冷静に見えていて彼も相当にプツンと来たのだろう……ヒロシからは目に見えてどす黒いオーラが漂っているのが分かった。




ヒロシったら煽り耐性なさそうなんだもの
そんなんじゃ将来生きていけないゾ!
補足しておくとネクロちゃんは宿主がいないと
行動できないはずなのに何故?
とヒロシは不審がってたのね。
そしたら、ネクロちゃんから送られてくる
波長の中にセラくんの姿が感じ取れたというワケです。



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