終盤戦


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01-4.一目見て憎め



「……。ま、まあとにかく数の暴力で攻めるって寸法よ!」

 居直ったように創介が言うが、誰一人安堵した者はいない。そりゃそうだろう。

「――そう、それじゃ……」

 誇らしげに笑う創介の隣をすいと通り抜ける影が、一つあった。よく見慣れたその横顔に、皆が困惑する。

「私はこっち」

 言いながらルーシーの隣に並ぶのは――、ナンシーだった。

「……はっ? へっ……? えと……ナンシー、ちゃん?」

 片腕を上げて既に勝ち誇っているかのような創介だったが、その突然の寝返りに当然目を丸くさせつつ驚愕を露わにした。

「悪いけれど、そういう事だから」

 ナンシーがふっ、と軽く笑い腰に手を当てる。

「え……え、え、あれっ? えー……?」
「ふん、ボンクラどもが。――あの女、初めっからお前らにとりいって上手い事騙しおおせてたんだっての。浮かれてないで気付けよなァ〜、揃いも揃って鼻の下伸ばしやがって。馬鹿どもめ」

 雛木だけはさして驚く事も無く、平然とそう言ってのけるのだった。

「ナ、ナンシーちゃん……ぼ――、僕らを騙してたの?」

 打ちひしがれたような声を出すのはそれまで押し黙っていたミミューだった。その情けない声を嘲笑うかのようにナンシーがまた一笑する。

「ごめんね」

 本来ならばそれは……、申し訳ないと思っている時に使う言葉であっただろうが、彼女の口ぶりはまるで悪いなんて思っていなさそうだった。それどころか、お馬鹿さん、とこちらの甘さを笑っているみたいですらある……。

「さっきからナンシーってのは誰? 透子ちゃんの事?」
「――ええ。勿論、偽名よ。……せっかくだから、馴れ合いの最後に一つ教えてあげるわ。私の本当の名前。透子、っていうの」

 ナンシーが――いや、透子が、そう言ってその豊かな黒髪をさらりと掻きあげた。

「どこかのお人好しさんのお陰で、トントン拍子に事が運んでくれたわ。どうも有難う……ね。感謝してるわよ、とても――」

 言いながら透子がミミューをちらと一瞥する。とてもとても冷たい顔と声だ、そりゃ元々気さくな少女ではなかったけれど一際冷酷な響きを伴っていた。

「そんな……」

 更に追い打ちをかけられて、ミミューが完全に言葉を失う。頃合いを見計らったようにルーシーがパンパンとその両手を叩いた。

「さーて、どうするのかな。まだやりあう気かい? それとも大人しく終わらせとく事にしましょうか。そっちの方がお互いの為だと思いますけどぉー」
「……馬鹿言えっ! 僕は最後まで抵抗してやるからな!」

 セラが言いながら構えを取って見せる。

「分からずやだなあ、もう。まあいいですけどね、何人来ようと……ん?」

 何か言いかけたものの、ルーシーは何かに気が付いたらしい。

 一旦喋るのを止め、視線を動かした。

 ミミューが、一歩、どこかぼんやりとした表情のまま前へと出る。握りしめたままのその拳が、微かに震えを帯びていた。

「何ですか? 僕に何か用事でも?」
「――お前か、ルーシーっていうのは」

 まだ確信が持てていないのか、ミミューのその声はどこか浮ついたような、半ば不安げな色味が混ざっているようだった。

「……だとしたら何ですか?」

 相変わらず薄笑いだけを浮かべたような、そんな曖昧な表情のままルーシーが逆に問い掛けて来た。

 疑問形ではあったものの、ミミューはそれを肯定だと見なした。それまで思考回路が麻痺したようにボンヤリとしていたのだけれども――それが確信に変わった時には、ミミューの中で徐々に強くなる感情があった。

 それに突き動かされるまま、ミミューはもう一歩、その足をルーシーへと向かって差し出していた。

「ガイに……ガイに何をしたんだ?」

 静かに、だがはっきりとミミューはそう言ってルーシーへと詰め寄る。ルーシーはその質問の意味をまるで理解していないかのように、ぽかんと口を半開きにし、その目を丸くさせていた。ややあってから、「ああ」と何か思い出したように呟いた。

「知り合いだったんですね、やっぱり」

 どこか不敵に笑ったその顔と言い草に、ミミューが眉間に皺を寄せた。

「面白かったなぁー、あいつ」

 不穏な色を隠せないミミューとは対照的に、ルーシーは可笑しそうに笑っていた。 

「……何だか果敢にも歯向かってくるものだったから! 一体どれくらいの覚悟があるのか、と思ったんですけどねー、僕が試しにちょ〜〜〜〜っと小突いてやっただけなのにガキみたいに泣き喚いたものですから僕もうおっかしくってねぇ、何かもう自分で自分が止められなくなりましたよ! あのね、まず一発撃つんですよ一発! ね、足目がけて! それで出来た風穴にほんのちょっと、ちょっとですよちょっと! 指先突っ込んで掻き回してやっただけなのに気でも触れたみたいに泣き叫ぶんだからさぁ〜…おかしいでしょう!? 笑え笑えー、このッ!」

 状況を振り返りながら語っているのだろうルーシーは目に見えてテンションが上がっている。本物のキチガイを目の当たりにしてしまって、創介はもはや戦意喪失しかけているのだったが……ミミューはそうではなかった。

 彼の中で、もはや最後のタガが外れていた。

 普段は大らかだとか温和だとかどちらかといえば言われている方ではあるが、まあともかくとして――本物の怒りが、跳ねあがっていた。行き場のない、出口の見つからない、そんな思いが胸の中をぐるぐると交差している感じがした。

「――やる、」
「はいっ?」
「殺してやる、って言ったんだ――この異常者がッ!」

 実にらしくない、乱れた言葉遣いで叫びざまミミューが正拳の上段辺りをめがけての突きを繰り出した。

 が、いともあっさりとそれは片腕で止められてしまっていた。ミミューの拳が、ルーシーの顔の前で受け止められている。



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