14-3.カニバる
「それにしたって……、何故急に流行り出したんでしょうね。まるでゾンビ発生に合わせたかのような流行り方ですよ」
ヒロシが腰掛けながら呟いた。
「あんまり考えたくはねーな」
ミツヒロが言いながら胸ポケットに片手を置いた。中から、少し潰れたセブンスターの箱を取り出すと、一本振り出した。唇に咥えた。
そして今度はサイドブレーキの側に手を伸ばして、何やら手元をまさぐりはじめた。恐らくライターでも探しているんだろうが、手に取るもの全てが違うとその触感だけで判断したらしく(実際その通りなのでそこにライターは無い)諦めたようにその手を引っ込めた。
「……ルーシー、また俺のライター隠したろ」
煙草を咥えたままのミツヒロが、運転席から振り向く事無く尋ねる。ルーシーは素知らぬ顔のまま、身の潔白でもアピールするかのようにその両手を開いたまま挙げている。
ミラー越しにその姿を確認するとミツヒロが更に言った。
「返せ、火」
大方いつもやられているのだろう、全てお見通しと言った具合にミツヒロが静かに詰め寄った。ルーシーがにこっといたずらっぽい浮かべるや否や、まるで手品みたいにして右手をすいと躍らせた。すると、中指と薬指の間にジッポライターが挟みこまれているのだった。大方袖の中にでも隠していたのが正解だろうが、鮮やかな手際だ。
「嫌でーす。ミツヒロくん、僕言ったでしょう。煙草嫌いなんですってば。僕の綺麗〜〜〜〜な肺を汚さないでもらえます?」
が、それをちらつかせながらルーシーはあっさりとそれを拒否するのであった。悪びれる事も無くそんな風に言うもんだからミツヒロも舌打ちするのを堪え切れない。
「てめえ、あの新入りの女が吸ってた時は何も言いやしねえのに」
「僕は女性には優しいですから」
そこでヒロシが肩を竦めた。その例の新入りの女性というのが……、何でもユウの友達だというのだから驚きだった。腕を組みながらヒロシが窓から見える景色を、じっと眺めた。
「兄上?」
「……? 何だ」
「ううん、何だか眉間に皺が寄ってらっしゃったので。まさかまた乗り物酔いですかーって」
「いや……」
余談だが……ヒロシはよく考え事をしていると怒っているのかと勘違いされる事が多かった。
「なぁルーシー、頼むから一本だけ吸わせてくれよ。な? 一本だけでいいからよ」
「駄〜目、駄目。次の休憩エリアに着くまで我慢して下さーい」
ミツヒロの願いも却下されてしまい、ミツヒロは苛々した手つきで今度は手元のガムのボトルに手をやった。乱暴に蓋を開けて、中から一つ取り出した後それを力任せに放り投げているのが見えた。ほとんど野球のボールでも投げているみたいな振り被り方だ……キシリトールのガムのボトルがぶつかって、跳ね返る。
「……」
ヒロシがその光景を唖然と眺めているとその視線に気がついたようにルーシーが口を開いた。
「あの子、ニコチン切れるといっつもアレなんで。気にしないで下さい。物に当たり散らしたい年頃なんですよ、実に微笑ましいでしょう?」
「……あ、ああ」
やはりこちらの方が一枚上手なのは、言うまでもないようだ。にこやかなルーシーのその笑顔を見つめてつくづくそう思わされる。
「ナオさん、たぁいへん。ストライカーくんがゲエゲエ言ってるよぉ〜」
ふと後ろの方からフジナミが忌まわしい言葉を吐き出した。
「んもー、だから酔い止め飲むの忘れないようにってあれほど言ったのになぁ。それとフジナミくん、僕の名前はルーシーだから間違えないように」
ルーシーが組んでいた脚を解放させ、よいしょっと起き上がった。ゲロの処理をしてくるぞ、という事らしい。
「……まりあ」
「んっ、何でしょう、兄上?」
「よくこんな場所にいて平気だな。お前」
「? 何がです? 何かおかしいですか……?」
全部おかしいだろう、とは言えずにヒロシは苦笑を浮かべるより他無かった。