中盤戦


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15-1.今、ひとたびの生



 よほど、疲れがたまっていたんだろうなあと思った。

 近頃は浅い眠りを繰り返して、気がつけばすぐそこに朝日が昇っていて。眠ったのか眠っていないのかよく分からないような睡眠を繰り返していたのだが……。

「んー……」

 目を擦りながら創介がその場に身を起こした。贅沢は言っていられないが、床での睡眠ゆえに肩がひどくこっている……まどろみつつも周囲を見渡せば、自分のすぐ隣にセラが寝息を立てていた。無防備な寝顔を晒しながら、セラはスヤスヤと眠りの真っ最中だ。

「……ん、創介……?」

 しばらくその顔に魅入られたかのようにぼーっとしていると、セラが目覚めたらしかった。目をしぱしぱさせながら、セラがゆっくりと上半身を起こした。創介がにっこり笑ってやりながら答える。

「おはよう、セラ」
「……、おは……」

 つられたように少し笑いつつセラが返事をしかけた時だった。セラは気付いてしまったようだ、創介が何故か全裸であると言う事に。

「ッ!?」

 吐き出しかけた言葉を飲み込む、というよりは喉元に引き戻してセラが思い切りのけぞった。

「あ?」
「ななっ、なん、何で全裸なんだお前!?」

 セラが信じられない、というような顔をして絶叫した。

「……え? ああ〜」

 創介は指摘されてようやく気がついたといった風であった。

「全裸で寝ると気持ちいいんだって、解放感あってさー。みんなもやりなよ」
「し、知るかそんなもの! 何か着ろよ、馬鹿ッ!」
「なぁに焦ってんだ、そんなに顔赤くしちゃって」
「ばっ……、へ、変な物見せるな! 早くしまえよ、気持ちの悪い……」

 言いながらセラがぷいっと顔をあっちへ向けてしまった。

「そっちが舐めるように見てるんでしょうが。ていうか一日目に見てるんだし別に良くねえか? こんくらい」
「……いいワケあるかッ!」

 語調を強めながらセラが叫び散らした。へいへい、と創介が言いながら立ち上がるとやはり全裸のままうろうろと洋服を求めて歩きだした。

「あれー? 俺の服どこぉ〜? って、やべえよ神父がこっち見てる……」
「ちょっと、何もしないってば」

 ミミューが遠くから声をかけるのを無視して、そそくさと創介が脱ぎ散らしてあった下着を履き始めた。

「全く何だか変なイメージばかり先走っちゃってるなぁー……っと。セラくん、調子はどう?」
「あ……、おはようございます。神父……」

 どこかおずおずとしたようにセラが答えた。ミミューがそのセラの心中を汲み取ったように、しゃがみこむとその肩に手を置いた。それで少し微笑みを浮かべつつ、二、三度セラの肩を叩いた。セラはどういう顔をすればいいのか、迷っているように見えた。

「……セラ」

 そこへ声をかけにやってくるのは有沢だった。セラが顔を持ち上げると有沢が少し気まずそう……と言えばいいのか、ややばつの悪そうな顔をしてそこにいる。

「その――」

 元々喋りのそんなに得意じゃなさそうな有沢のことだ、あんな事の後とあっては更に喋りにくそうにしている。言い淀みながら、有沢は一度咳払いをする。

「色々と……、謝る事があるのだが」

 そしてセラもセラで器用な性格とは言い難い。
15-2.今、ひとたびの生


 セラ自身、何とも気にしちゃいないんだという思いはあったのだが……ふさわしい返しが見つからずに結局黙ったままだった。

 ただ、黙って有沢のことをじっと見つめて彼の言葉を待った。

「――すまなかった」
「……」

 それは、実に彼らしいシンプルな台詞であった。そこで終わるのかと思いきや、すぐに有沢は次の言葉を紡ぐ。

「だが、」

 セラがもう一度視線を持ち上げた。

「だが、あの時の俺の思いは嘘じゃないんだ」

 セラの目が少しばかり大きく見開かれた。

「それだけは、言っておきたかった」

 それにしても、今周りにはセラだけではなくミミューもいる。少し離れて、双子も朝食をそれぞれ取っている。当然こちらの声は聞こえているだろう。なのに堂々とそんな事。……ちょっと驚いた。でもまあ、そんな事はさておきに。

「……それ、って」

 思わずこぼれてしまった自分の言葉にも、有沢は顔色一つ変えない。もう一度言った。

「セラを好きな気持ちだけは、変わっていない」
「凛太郎……、その紅茶全然飲めてないよ。全部零れてるよ」

 凛太郎はカップの取っ手を持ったままのポージングで静止している。目を見開いて、その光景に釘付けになっているようだった。

「有沢……」

 セラがようやくのように声を絞り出した。

「悪いんだけど……その、気持ちは嬉しい、よ。だけど」

 たどたどしく言い、セラが視線を落とした。

「困る……よ。今は、そういうの……だって……」
「答えは求めていないんだ」

 ふっと息を吐き、有沢が腰を降ろした。

「すまない。こんな時に、そういう場合じゃないのは分かっている。だけど分かっていて欲しかった。セラが一人じゃないんだという事。セラを思っている人間はいるという事を、知っていてほしかったんだ」
「……」
「セラ」

 それで有沢がセラの手に、自身の手を重ねた。握りしめた。

「――この事態が収拾した時には……、もう一度改めて俺の思いを告げさせてくれるか」
「困る……」

 ほぼ即答だったがここで諦めるような有沢ではない。

「なら、これが終わるまでに……」

 言いながら有沢がすくっと立ち上がった。

「セラの気持ちを動かせるような男になる、必ず」

 ミミューはあんぐりしたままの口を押さえてセラと有沢の顔を交互に目で追っている。忙しなく視線を動かしながらミミューはどう声を挟めばいいものか必死に考えを巡らせている……。

「あ、有沢」

 セラがおずおずと切り出した。

「何だ?」
「……もう創介と喧嘩しないでくれる?」

 上目遣いで、セラが懇願するような調子を含ませつつ問い掛けた。

「そ、それは」
「約束して……」

 たじろぐ有沢であったが、その背後にふらふらと創介が近づいている事にまたもや気付けなかったらしい。

「うおお! 足が滑った!」

 言いながら創介は前のめりに転んできたかと思うと、有沢のズボンに思いっきり手をかけた。そのまま勢いよくズボンと下着がずるっと下がった。

「ッッ!?」
「うわっ、すっご!」

 言いながら口を押さえて驚愕の声を上げるのはミミューだった。ミミューの視線は有沢のその一点にしっかりと注がれている。何がスゴイの、とは恐ろしくて聞けずにセラが慌てて目を閉じて顔を逸らした……。

「ご〜〜めんごめん、コケちゃって……」

 有沢が片手で下がった下着とズボンを戻しながら、もう片手で創介の首元をがっちりホールドした。

「貴様、本気で斬られたいのか!」
「ワザとじゃないんだって、ワザとじゃないんだってば!」

 有沢が刀を抜きながら創介の眼前に突き付ける。凛太郎は飲んでいた紅茶を噴き出したらしく、一真が噴き付けられたその紅茶を拭いている……。

「さいてー」

 雛木が呆れたように吐き捨てるが当然誰の耳にも入る事無く……ふと、ナンシーが黙って立ち上がるとその喧騒から静かに離れていく。

「……」

 雛木がその姿をいぶかしむように見つめているが特に何も口出しせずに終わるのであった。



ナンシーちゃんが一番可哀想である



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