03-1.バック・トゥ・ザ・俺
その晩は夏場でもないのにやけに寝苦しい夜だった……浅い眠りの末、何度も何度も寝がえりを繰り返して、修一はベッドの上で何とか無理やりにでも寝付こうとする。
ようやくうとうとと、眠れそうな気配がしてきたかと思えば普段ならば絶対に現れないような来訪者だった。部屋を叩く音がして、修一はやや不機嫌になりながらもその身を起こした。
「――誰だ?」
「修一ぃ……」
子どもの声と共に部屋の戸がこちらの返事を待たずして開けられた。一人だけかと思われたその訪問者は三人いた。少年一人と少女が二人それぞれ、おずおずとこちらへ向かって足を進めて来る。
「どうした? みんな揃って……」
修一はここではみんなの父親代わりだ。睡眠を妨げられて少々の煩わしさはあったのも事実だが、それよりも子ども達に何かあっては良くない。極めて優しげに問い掛けると子ども達は声を潜めるような調子で言うのだった。
「何か、心ちゃんが泣き出したから聞いてみたら外に誰かいるって……」
「え?」
心というのは修一に特別懐いている、保育園児の女の子だった。ボブカットと小柄な体型が印象的な子どもらしい女の子で、人を疑うような事をまだまだ知らない子だ。心はもう泣き止んではいるようだが、年上の女の子に手を引かれて何だか浮かない顔をしている。
「こ、心。ほんとなのか?」
「嘘じゃないもん!」
修一が問いかけると途端に心は大声でそれを主張したのだった。
「でもミズキ達が見た時はいなくて……」
「ほんとだよ! ほんとうに誰かいたの、あれ多分オバケだよ!」
オバケ。流石にそれはないと願いたいのだが、いやしかし――お客さん……にしては、遅すぎる。オバケなんかより生きた人間の方がよっぽど恐ろしいわけで。
なんたってもう夜中の二時過ぎだぞ? と修一は時計を見て改めてもうそんな時間なのだと驚いた。が、それはこっちの話で今はそれよりもその侵入者だ。
「そ、それでその誰かっていうのは玄関にいるのかい?」
子ども達の肩を引き寄せながら何故か自分まで小声でそう問いただした。心が顔を持ち上げると首を横に振った。
「ううん……お庭!」
「――庭に!?」
それは益々怪しい……というか、もはや完全に不審者じゃあないか。泥棒かあるいは侵入者か、もうとにかくそれしか考えられない。怪しい者以外、何者でもない。修一は飛び起きると、子ども達の肩を抱きながら言うのだった。
「とにかく、俺が見て来るから。他の子達と一緒に、部屋にいなさい。分かった?」
「心も行く!」
「駄目に決まってるじゃないか! ミズキ達と一緒に部屋に……」
「やだ!!」
心はもう修一にしがみついて絶対に離れないぞ、という事らしい。何が何でもという感じで意地でも動く気はなさそうだ。
「困ったなぁ〜……」
「心、修一の傍がいい」
心も不安で仕方が無いのかもしれない、怖くて震えていたのを頑張って堪えてきたというのに突き放すのも何だか酷な気がしてきた。しょうがなしに修一は負けを認めたように心を見つめた。
「分かった。……ただし、危なくなったらすぐに部屋に引き返すんだぞ。ミズキ、翔太、他の子達が混乱しないように頼んだぞ」
「修一、気をつけてね。ほんとに危ない人いたらヤバイよ、すぐ警察呼ぶから」
「ああ、よろしく頼む。――なーに、大丈夫だよ。俺、こう見えてとっても強いんだからさ」
追いすがるような視線をぶつけてくる子ども二人にそう言い聞かせながら、修一は二人を元いた部屋へと戻るように諭した。二人は終始こちらを気にしているようだったが、やがて部屋を後にしたのだった。
「よし……じゃあ、あとは」
二人が引き返したのを見送ってから、修一は子ども達が使う木製のバットを手にして一階へと降りる。その後ろを心がゆっくりとついてくる。
電気はつけないで、そおっと降りると庭へと続くガラス戸の前に立った。姿勢を低くしながら様子を窺うと、なるほど確かにさっと動く人影が見えた。あちらもあちらで、こちらの様子を覗きこもうとしているように見える……心の言った事は嘘ではなかったと証明された。
「ほ、ほんとに誰かいるな――うう、何なんだ一体」
「ほらっ。オバケいるもん、嘘じゃないでしょ」
「し、しーっ! 静かにして!」
そしてその不気味な人影は中々全貌を現さないので、目的が全く読めない。それに向こうが何か武器を持っていたとしたらどうしよう。それに引き換えこっちは玩具みたいなバット……それであっちは拳銃か?――ちょっと待ってくれよお兄さん……。諦めたように、修一は大人しくルーシーに頼る事を決めた。