01-3.少女達の監獄
リカちゃんは散々笑い飛ばしてから、再び大きな声で、多分わざときぃちゃんの耳に届くようにして続けざまに言った。
「今みんなでさぁ、北村追放クラブ結成しようかって話してるの。どう? うけるでしょ」
「つ……、追放?」
「そっ。どうせこの先の授業なんかついてこれるワケないんだからさ、とっとと違う学級でも学校でも行けばっていうねー」
私はほとんどもう、愕然としていた。目の前の子達が恐ろしくて仕方が無かった。おんなじ人なのに、そこまで冷たくなれる理由が分からなくて、何よりそんな子達から嫌われてしまったらどうなるんだろうという不安もあった。
「けど木崎さんもおんなじように考えてくれてて良かったー。ホラ仲いいからさー、そんな事して先生にチクられたらどうしよっかな? って思って聞いてみたの」
「ぜ……全然仲良しなんかじゃないよ、ていうか友達じゃないし。先生の頼まれて嫌々やってたことだから」
「あ、ヤダー。北村こっち見てるよ。見んなよ、キモッ」
――ごめんね、きぃちゃん。ごめんね、ごめんなさい……
私は自分のした事の残酷さにただただ怯えていた。勿論、振り返る事なんか出来なかった。
「木崎さん。仲良くなったしるしに、これからは名前もきちんと呼ぶね。トロ子じゃ可哀想だし、木崎ちゃんって呼んでいい?」
「う、うん……別に何でもいいよ……」
「じゃあ『きぃちゃん』はどう? きぃちゃんはクラスに一人しかいらないんだし」
「あ、それいいー。じゃ、そうしよそうしよ。ねっ、いいでしょ? きぃちゃん」
きぃちゃんは、後ろでこの会話を聞いているだろう。どこまでその話の意味を理解しているのか考えるのももう怖くて、私は唾を飲み込むことも忘れて、それからの記憶はほとんどなかった。
次の日も、そのまた次の日も、きぃちゃんのトイレ等を任されたけどその様子を遠巻きにリカちゃん達はしっかりと監視していた。そして面白そうに「やっちゃえ」と煽り立てるので、私はわざときぃちゃんの前で嫌そうな顔をしたり、イジワルな態度を取ったりして、きぃちゃんは泣かなかったけどそうする事でリカちゃん達に嫌われてしまわないように振舞うのに必死だった。
心の中では何度も何度も、数え切れないくらいにきぃちゃんに謝ったけど、勿論意味なんてなかった。
次第にきぃちゃんはクラスへ来なくなり、五年生に上がる頃にはほとんど姿を見せなくなった。それでも卒業式はみんなと一緒にさせたい、ときぃちゃんのお母さんは話しているのだと母親から聞いたけど私は一貫して知らないふりをしていた。
小学校を卒業してからは、きぃちゃんは少し遠く離れた中学へと進学してしまった。だからその後の行方は全く知らないけど、中学一年生の頃に彼女から年賀状が届いた。年賀状にはそっちの学校で楽しそうにしているきぃちゃんが、久しく見せなくなった笑顔を浮かべてピースしていた。きぃちゃんは文字が上手く書けないので、代わりにお母さんが全部代筆したのだろうけど、私の健康を気遣うような文面と短いお礼の言葉があった。
私への恨み言なんか、これっぽっちも書かれてはいなかった。
改めて私は自分の愚かさと、幼さゆえの過ちに嗚咽したのだった。私はきぃちゃんに嫌われて、あまつさえ憎まれていてもおかしくない存在だというのに。
こうして私は、その場限りの薄い友人関係と引き換えにしてかけがえのない存在と尊厳をなくしてしまったのだと思い知らされた。
01-5.少女達の監獄
私が今になってきぃちゃんの事を思い出してしまうのは、きっと今になって、ではない。今だからこそ、思い浮かべているんだ。私は――、
「……ごめんなさい……」
いつしか無意識のうちに呟いていて、それで私の意識は、今の私へと戻ってきた。謝罪の言葉を口に出したのは紛れも無く今現在の私そのものだった。
「ごめんなさい、きぃちゃん。――ごめんなさい」
だけど私にも、どうやらその罰を受ける時が訪れてしまったみたいなのだ。私は古びたその小屋の中で、制服姿のままでガタガタと震えていた。
その場にへたりこんだまま、私は目の前の小屋が少しずつ崩壊してゆくのをただ涙に濡れた視界で見守っていた。
何百回、いや何千回は心の中で繰り返したであろう謝罪の言葉を口に出してみるのは初めての事かもしれない。私は、慌てて咄嗟に作った出来合いのバリケードが外からの襲撃によってあっけなく壊され、そしてその隙間から聞こえるその呻き声に少しずつだけど自分に残された時間が短くなってゆくの知る。
この扉が完全に崩れてしまった時が、私の最期の時なのだろう。
死ぬ前にせめて、きぃちゃんに謝りたかった。顔を見て、きちんと目を見て、ごめんなさいと言いたかった。許してくれなくても、いいやとうに彼女はこんな私の事なんかはもう許してくれていたのだ。だから、ちゃんと――。
「……きゃああっ!!」
ひときわ大きな破壊音が轟いて、とってつけたようなその板が吹き飛ばされたのを見た。私はもう気が狂いそうな恐怖の中で、耳を塞ぎ目を逸らす事しか出来なくなってしまう泣きながら両耳を押さえた。
恐怖のあまりに、意味のよく分からない事も叫んだような気がする。ほとんど発狂しかけていたのかもしれない。
出来た隙間からは血まみれの手が次々と伸びてきた。こちらへ向かって、しっかりと。ゾンビの顔がはっきりと見えるくらいにまでその亀裂は広がっていって、私はそれ以上後退できないのにも関わらずに尻餅をついたままでズルズルと後ずさった。
嗚咽でひくつく唇で、上げても仕方のない悲鳴をもう一度ばかり漏らした。
――ああ……もう駄目だわ……
きぃちゃんに謝る事が出来ないのなら、じゃあせめて生まれ変わってからでもいい。人間に生まれ変わる事が許されるのなら、ううん人間でなくてもいい。姿かたちが変わったとしても、私は……。
その狭い隙間から真っ先に入り込んできたのは、同じ学校の制服を纏った女子生徒だった。口を開き、彼女はもう今にも私に食らいつこうとしていた。どういうわけなのか私には何故かそれが、自分を断罪しに来た使者のようにさえ感じていた。だから――、
「……いいよ……」
それで少しでも私のした事が少しでも消えるのなら、それでもいい。魂ごと持っていったって構わない。これは逃げじゃなくて、償いなんだ。
woo.......