中盤戦


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01-2.少女達の監獄



 きぃちゃんの面倒を見るのは、私だけではない。他にも色んな世話焼きの女の子がきぃちゃんの手伝いをしていたけれど、みんな他に用事が出来たり、自分の勉強をしたかったり、他の子と遊びたいからと言っていなくなったり、酷い時には飽きたといってフラフラとどこかへ行ってしまう。

 最後まで根気良く面倒を見ているのがたまたま私だった、というだけで、結局はみんなして『おままごと』気分なだけだった。

 その証拠に、きぃちゃんが給食の時に吐いてしまった時などは手の平を返したように冷たくなってしまう。

「うえ、くっさ〜い! トロ子、拭いてあげてよ」
「早くしてくれー、臭くてもらいゲロしそうだ俺!」

 トロ子、というのは運動が苦手でちょっと鈍い私につけられたあだ名だった。はじめはもっと悪意のあるあだ名だったけど(のろま大将とか亀とか……まあ、何て可愛くない)見かねた先生が女の子なんだからもっと可愛いのにしなさい、と言った結果こうなってしまった。……今思うと、そんな小学生のあだ名なんて一過性のものであっていつかは廃れるものだろうに却ってこれを定着させてしまった先生の気遣いが余計なのだ。

 いや、気遣い、というのもちょっと違う気がしてくる。

 それでトロ子こと私に自ずとその役目は周ってきてしまい、私はしょっちゅうきぃちゃんのゲロやおしっこ等の排泄物を処理してあげる事もたびたびあった。

「ホント、よくやるよねー」

 クスクスと笑う女子生徒の声を受けながら、私はぐっと唇を噛み締めていた。他の女子生徒が呼んできてくれた担任が到着し、担任と私はようやく交代した。

 きぃちゃんはやっぱり何も言わないで座っているだけだし、いつものように半開きの口のままで只ぼうっとしているだけだった。お礼なんか勿論なければ、何の反応だってなかった。

「木崎さん、きぃちゃんを洗面所につれてってあげてくれる? うがいして、手洗いもするように言ってあげて」
「はい……」

 ゲロまみれの口元のままのきぃちゃんの前に立ち、私はきぃちゃんに立つように促した。

「――きぃちゃん、トイレで洗ってこよう」

 きぃちゃんは黙って頭を縦に振ると、席からゆったりとした動作で立ち上がった。
 この時ほど、きぃちゃんは本当にお母さんに「いつも木崎さんが面倒を見てくれる」なんて言葉を話したのか不思議に思った事はなかった。

 そんな風に考えていると、背後の階段から降りてきたのは四年生の色をしたネームバッジをつけた男の子二人組みだった。彼らは何事も無く通り過ぎていくのかと思いきや、二人のうち一人が突然のように言った。

「なんか……くせぇ」
「はぁ?」
「いや、何かゲロの匂いしねえ? クッサ〜、かんべんしてくれや」

 勿論私達、というかきぃちゃんが主な原因だという事実には気付かずに只思ったままの発言しただけの事だろうけど、私は何故かこれにひどく傷ついてしまった。
 
 私は水道で手を洗うきぃちゃんの背中を見つめながら、苦々しい涙にも似たものがじわっと目頭を覆うのを感じた。

 四年生にも上がる頃になると、いつしかきぃちゃんとの間には亀裂が生じるようになった。私だけじゃなく、クラスの女子生徒達のほとんどがきぃちゃんの存在を疎ましく思うようになっていた。

 それでも私は、だからといって簡単にきぃちゃんを突き放したりも出来ずに、かと言って他の子達に置いてきぼりにされるのも嫌で、意識して少しずつきぃちゃんとの間に距離をとるようになっていた。構うのは最低限の事だけで、今までのようにあれこれ気にかけたりせず、ただただ業務的にきぃちゃんに接するようになっていた。

「何かニオわねぇ?」

 男子生徒が鼻をつまみつつ言い、その臭いの犯人探しをすればすぐに見つかった。きぃちゃんの机の下はぐっしょりと濡れていて、更には便まで漏らしていたようだった。

「うわ、ウンコだ……」
「ちょっと木崎さん、あなた休み時間ごとにおトイレ大丈夫かちゃんと聞いてたんでしょ?」
「は……はい……でも大丈夫だって……」

 椅子から立ち上がったきぃちゃんのお尻の部分は茶色に汚れていて、どうも腹を下したのだと分かった。

「きぃちゃん、体操服に着替えましょうか」

 先生がきぃちゃんに話しかけると、きぃちゃんはやっぱり無言で肯定の動作を取るだけだった。何も話さず、やってしまった事への責任も被らず、その尻拭いは私? あはは、文字通りに尻拭いだよ、何それ超うけるね……あろう事か私はきぃちゃんにムカついてムカついてそれで、あぁ、私もあの子達と同じだったんだと思った。

 私がやってた事も結局、ママゴト遊びの延長線上みたいなもんだった、多分善意で動いてたんじゃない――。そう思うと自分自身が本当に情けなくて、泣けてきてしょうがなかった。

「ねぇ、いつまでそうやって偽善者ぶるつもり?」

 その時、クラスで一番トップみたいな位置にいるのがリカちゃんという女の子だった。リカちゃんは髪の毛がサラサラで長くて、可愛いというよりは綺麗な感じのする、スポーツ万能で成績だって優秀な子だ。

 リカちゃんの発言はほとんど『絶対』で、そしてみんなを従わせる妙な力があった。それはリカちゃんが美人だから、というだけの理由ではなくて彼女そのものの気の強さもあいまっているみたいでリカちゃんはほとんど自然とクラスのトップに君臨した。

 誰かが望んでそうしたわけでも、ましてやリカちゃんがそこへ行ったわけでもなく、周りがそうするのが当然という感じで彼女に合わせているだけであった。大人びたリカちゃんは見た目だけじゃなくて発言も大人びていて、どこからそんな言葉遣いを学ぶのか知らないけど難しい言葉を使って、よく私や教師をわざと混乱させた。

 偽善者、という単語そのものが当時の自分には分からなくて、私は思わず聞き返してしまった。

「偽善者って?」
「木崎さん、いつもそうやって先生の前では北村の事助けるんだよね。でも、裏では嫌そうな顔してるじゃん」

 リカちゃんだけは私の事をあだ名で呼ばずに、苗字で呼んだ。他の子達はみんな可愛いあだ名や、何々ちゃん、と親しげに呼ぶのに(ああ、でもきぃちゃんの事はずっと呼び捨てだったけど)私に対してはずっとずっと『木崎さん』のままだった。

「……だって……それは、頼まれるから……」
「じゃあ、先生が頼まなかったら本当は面倒見たくないってこと?」

 可愛い声でリカちゃんは小首を傾げる様な仕草と共に問いかけてきた。今、きぃちゃんは自分の席で座ったままだ。私は忙しなく背後のきぃちゃんを視線で追って、こっちを見ていないかどうかをしきりに確認した。
 そんな私の態度を見透かすみたいに、リカちゃんは更に詰め寄ってきた。

「ねえ、教えてよ。北村の事、ほんとは面倒くさいの?」

 おなかの辺りが締め付けられるようにズキズキと痛くなってくる。寒くないはずなのに、指の先がきーんと冷たくなってきて、それから汗がじとっと浮かんできた。どう答えればいいのか分からなくなって、私はしきりに「それは」と繰り返しただけだった。

「それは――」
「早く教えてくださーい。十秒以内に答えないと、罰ゲームしまーす。……木崎さんは北村の事がうざいんですかー?」

 リカちゃんは机から身を乗り出して、殊更に大きな声で発言してみせた。リカちゃんの声はよく通る、多分、きぃちゃんの耳にそれは届いているんだと思う。だけども、きぃちゃんがその言葉の意味を理解しているのかどうかはまた別として。

 リカちゃんと、リカちゃんの周りには同じ様に発言力の強い女の子達が楽しそうに私のほうをにやにやと見ていた。

――ねぇ、やめようよ。やめようよ。こんな事するの、やめようよ……

 いつしか口の中がからからに乾いて、そんな私の姿に苛立ったリカちゃんは机をバンバンと叩いた。

「はい、じゅーう。きゅーう……」
「う、うん。そうだよ。……もううざくって、仕方ないんだぁ」
「……フーン」

 私は制服のひだスカートをぎゅっと握り締めた。きぃちゃんの方はもう、見られなかった。

「うざいってどの辺が? 北村のどこがうざいの、木崎さん」
「ひ……、一人で着替えられないとことかさ、ご飯食べるとボロボロこぼすところとかさ、少し目を離したらお漏らしするところとか」
「アッハ、うけるー! だよねー、リカもそれ超思うー」

 リカちゃんはその言葉を聞いて、いつもの可愛い笑顔を浮かべて爆笑してくれた。それで周りにいた女の子達も一緒になって笑ってくれた。……くれた? 違和感を覚えつつも、その時の私は、それでいいんだと思っていた。

「最近さぁ、北村の事が鬱陶しいんだよね。みんなで話し合ってたからさぁ、木崎さんはどうなのかなぁって気になって」
「……う、うん……」

 本音だったし――だって、本当にうんざりしてたし――私はとにかく、罪悪感から逃れる為に自分を正当化する理由ばかりを探していた。



リカてんめぇ〜!
でもこういう女子ほど高校くらいになって
えっらい大人しくなっちゃったりするんだよね。
リカよりもその取り巻きのが厄介なパターンもあり。
キョロ充等と呼ばれる人種だな。



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