05-3.渡る世間はキチばかり?
んで、まあすぐさまそんなセンチメンタルな思いをかき消すようにミツヒロがぶんぶんと一人で首を振る。今年で二十年とちょっと生きてきたいい年の大人が、何奥手ぶってやがる。
「え、ええい!」
何だか情けない声と共に、ぽすんっ、と随分消極的な音を響かせて修一の猫パンチがルーシーの胸あたりに当たる。
「――もっと強く! 駄目だよ兄さん、そんなんじゃあ! 怯ませる事も出来ない、ほらもう一発! 全然痛くないよそんなの!」
「うう……このぉっ!」
今度は左手でのパンチだったがやはり蝿でも止まったようなひょろひょろとしたパンチとも呼べぬパンチであった。肩から入ったような、素人丸出しのまるで腰の入っていない拳である。
「今度は蹴りも! 蹴る時は足じゃなくて、自分の脛辺りを相手にぶつけるイメージで蹴るんだよ。足でばかりぶつけてたら逆にこっちのダメージが蓄積されるからね」
「す、脛……ここか。わ、分かった。やってみる」
うん、とルーシーが真剣そのものといった表情で頷く。引き続き受け身の姿勢で修一のキックを待った。修一は息を吸い込んでから、下段蹴り……のようなものを繰り出した。
「と、とう!」
ペチンッと修一の脚がルーシーの膝から下あたりに当たった。やっぱりどこか蹴っているというよりは遊んでいるようにしか見えない。ちょうどじゃれあっている時にふざけて叩いた時程度の威力だろうか。
それでルーシーは何を思ったのか知らないが、いきなりのようにその脚を持ち上げるとその場でくるんと回転して修一の顔に後ろ回し蹴りを食らわせた。本当に突然だ、あれだけ手は出さないと言ったのに何たる事であろう――勿論加減はしているのだろうが、スピードの勢いを殺さない蹴りの方が当たると痛かったりもする。軌道がまるで見えない、こんなもんかわせっていう方が無理だろう。
「むんぎゅうっ」
もっともその一撃で修一が落ちる事は無かったが、それでもそのままどしゃん、と床に尻餅を突いた。
修一は頬を押さえながら、自ずと浮かんだ涙で両目を潤ませつつ腹の底から叫んだ。
「ひ、酷いじゃないかナオ! 手は出さないって言ったのに……っ、あうっ、うう〜」
「ごめんね兄さん……でも今のは手じゃなくて脚だから……」
小学生の屁理屈のような言葉ののち、ルーシーはしゃがみこむと涙ぐむ修一の前に屈みこんだ。ルーシーは愛しげな手つきで兄の今しがた蹴った頬を撫でながら甘えるような目つきで言うのであった。
「痛かった? でも暴漢に襲われた時は向こうも全力というよりは殺しにかかってくるのだろうし、もっともっと痛いんだよ。……誰かに僕の兄さんを嬲り殺しになんかさせてやるもんか」
「ななっ、嬲り殺し!? 何の話だ、一体っ!?」
「――ああ、例えね。例えだけれども……もしそうなるんだったら他の奴らの薄汚い手なんかに殺される前に僕が先にこの手で兄さんを……」
そう言ってルーシーは遠くを見つめながらぎりぎりと歯ぎしりをした。一体何に嫉妬しているのか分からないがルーシーは頬に爪を立てながら静かに憤っているのが分かる。
「ななっ、ナオ!ストップ! 悪かった、ししっ、真剣にやるから!」
「なあルーシー。そろそろ俺ここでぼーっとしてんの飽きて来たんだけど」
ミツヒロの声であった。ミツヒロは紙パックの麦茶をストローで飲みながらルーシーの元へと近づく。
「おや、ミツヒロくん。何なら君も一緒にやりますか?」
「死んでも嫌だわ――それよりさっさとこれ。生モノだろ」
あの地獄の日々を思い出しながら、ミツヒロは買い物袋を二つ差し出した。