中盤戦


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05-2.渡る世間はキチばかり?



 この立ち方、見ているだけならば簡単そうだが実際にやってみるのとでは大違いだ。正しく体重をかけないと本当に辛い。一分どころか十秒で死ぬ。このポーズで立っているだけでも辛いのだがそこへ更に突きを繰り返すのだから負担は倍である。

「おやぁ、この姿勢が辛いんですか? 僕はぜーんぜんそんな事ありませんけどね。この姿勢で何時間も立っていられるくらいですよ。背筋をぴーんとさせないから辛いんですよ、あとしっかり太ももを張る事ね」

 顔色一つと変えないそんなルーシーの指導は、怒鳴ったり捲し立てたりするような厳しさは無いにせよとても辛そうだ。

「おいルーシー」
「あら、ミツヒロくんおはよう。寝癖もそのままに、全力疾走してきましたか」
「一分でも遅れるとお前がクソうるせぇから走ってきたんだろうが!」

 ミツヒロが両手分の買い物袋を突き付けて叫んだ。ルーシーは相変わらずその中腰姿勢のまま腕組みをして、ちらっと顔を動かしてその袋の中身を見た。

「ええっと……、よしよしちゃんとあるね。あ、御苦労さま。もう帰ってもいいよ」
「おう、じゃあな……ってオイ! そりゃねーだろ! それじゃマジでただのパシリじゃんか!」
「アハハ、嘘嘘。ミツヒロくんはちょっと見ててもらえますかね? お金も払わなくちゃいけないしね」

 舌打ちしながらもミツヒロは横手に避ける事にする。邪魔にならないよう隅っこで大人しくしている事にした。それで今度はスパーリングの始まりらしい、子ども達が各々サポーターを付け始めた。

「じゃっ兄さん、試しに僕に打ってきてよ」

 にっこりと笑いながら、修一に向かってルーシーが自分の事を指差した。

「……う、打つ?」

 意味が分からないといった表情で修一が聞き返した。ルーシーがそう、とやはり微笑交じりに微笑んでから頷いた。

「殴ってもいいし蹴ってもいいし。あ、でも顔は止めてほしいかな。それ以外なら、胸でも腹でも脚でも」
「え、ええ!? で、で、出来ない! 絶対出来ないよそんな真似……」

 修一が拒否の意を表すようその首をぶんぶんと横に振った。

「兄さん……これは特訓だよ? 時間もそんなにかけていられないんだし、そんな暇はないよ」
「で、でもナオを殴るなんてそんな……!」
「ふふっ。大丈夫だから、僕の日頃の鍛錬を見てるでしょう?」

 だから安心して、とでも言いたげにルーシーは言うのだが修一が心配しているのはそんな事ではなくむしろ自分が殴られる方の心配だ。何せ『あの』ナオが相手だ。特訓とはいえ、もし当たりどころが悪かったりしてみたら倍返しなんてされるんじゃ――ごくりと修一が唾を飲んだ。

「あ、もしかして兄さん僕が手を上げるとか思ってる? しないしない、しないよ。ほら〜、手は出さないから」

 言いながらルーシーはその両手を後頭部の後ろで組む格好で立った。ミツヒロは先程買い物でついでに買ってきたお茶を飲みながらその光景を黙って見つめていた。自分に稽古づけた時の扱いとはもう雲泥の差だ、ミツヒロに対しては殴る・蹴る・絞めるを奴はここぞとばかりに行使してきたくせに……。

「う、わ、分かった! その言葉、信じていいんだね」
「手加減はなしに思いっきりやってよね」

 そもそもルーシーは痛覚が無いに等しいらしいから、痛い事も平気で出来るのだとミツヒロは誰かの口から聞かされたのを思い出した。

 先天性の無痛症という病気があるのは聞いたことがあるが、彼の場合は生まれつきのものでは無いらしい。何かそれに至る、決定的な出来事があったらしいのだが彼は一部の過去を語りたがらないのでミツヒロは何も知らない。

――そういやその事も誰から聞いたんだっけ? まりあか? それともフジナミ?

 それでふっとまりあの事を思い出して、胸がまたチクンとなった……ああ、いつから自分という男はこんなに感傷的で純情になったのだろう……。




騎馬立ち苦手。うまくできん。
基本で騎馬立ちやると地味に腰と脚に効いてくるから
まともにトレーニングできなくて
腹筋とか腕立てした後はとんでもない
絶望感に襲われる。



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