中盤戦


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05-1.渡る世間はキチばかり?



 で、だ。昨日の今日で、いきなりの召集だった。

 しかしあの鬼のような上司の命令には逆らえないのが悲しい宿命だ、おまけに只のパシリみたいなものなのだからミツヒロも納得がいかないというものである……。

 ミツヒロは原付(……愛車であるクーパーちゃんは、前回の事件においてルーシーに派手にぶっ壊されてしまったので今は修理に出している。廃車にする、しないで揉めまくり、まあ弁償はしてくれたが外車なので修理に出すと色々と面倒くさい。果てしなく困る)に跨るとヘルメットを被る。

 一方その頃呼び付けた張本人であるルーシーは、というと。

「全員、不動立ちッ!」

 ルーシーは空手の胴着を着て(勿論であるが黒帯である。いつの間にやら勝手に習得していた)、修一と子ども達を一列に並べて稽古をつけているらしかった。

「いいですか? 組み手の基本は足を肩幅ぐらいにまで開いて、突きは縦の突き!……それと脇は必ず締める事! 脇が開くからおかしな姿勢になってしょっぼい突きしか出せなくなるんですよ」

 ルーシーはその中央で、背筋のぴーんと伸びた綺麗な姿勢で構えを取っている。

「それと! 拳は握り締めた状態の時に親指を出しちゃいけませんよ。相手を殴った時に突き指するかもしれませんからねー」

 言いながらルーシーは自分の握り拳をもう片方の手でトントンと叩いている。子ども達は随分やる気というか気合いが入っていて、修一よりも立派な声でハキハキと答えた。

「オッス!」
「いい返事、いい返事。じゃ、今日は基本稽古やるから。初めから強くなんかなれませんよー、ついでに言うと基礎をおろそかにして上手に立ち回る事なんか絶対出来ませーん。ちゃーんと分かってますかー」
「オオッス!!」
「ん、オッケー。よーし、早速基本稽古……の、前にまずは柔軟いってみよっか。柔軟は怪我をしないための基本ですからね〜」

 子ども達のやる気といったらそりゃあもう随分なもので横にいる修一が大分気後れしているほどだ。

 そして始まった柔軟だが、やはり子ども達は皆それなりに柔らかいようだ。それとは正反対に、修一はもう硬すぎて話にならない。脚も開いてないし上半身も全く微動だにしない、いきなりやれば皆そんなものだが。

 ルーシーが苦しそうな修一の前に座りこむと開いたその脚の間に正座する。それで修一の脚が閉じないように自分の両膝でロックさせながら修一の両手を引っ張った。

「ほら、兄さん。頑張って。初めからいきなり無理したら痛めちゃうから、ゆっくりちょっとずつね」
「いっ、いだだだっ、な、ナオいだいよ〜! そんな急にやったら死んじゃうぅう」
「呼吸を忘れちゃ駄目だよ。いーい? 鼻から吸って口から思いっきり吐くの。絶対に息は止めちゃ駄目だよ、これは組み手中も同じだよ。すぐスタミナ切れになっちゃうのもあるし、呼吸を止めると身体を痛める確率が上がっちゃうんだ」
「あっ……だ、駄目、ナオ! 痛い、優しくしてっ」

 何だかあらぬ誤解を招きそうな叫びと共に、苦しそうにしている修一の顔を下から覗きこみながらルーシーがニコリと微笑む。喘ぎ喘ぎの修一とは真逆の、実に涼しげで爽やかな面持ちだ。

「なっナオ、痛いっ。初めてなんだからそんな急にガンガン来ないで!」
「ちょっとくらい我慢してよ。あとその変な台詞やめてくれ、子どももいるのに。そりゃあ一気にやろうとするのは良くないけどやっぱりちょっとは耐えて行かなきゃ柔らかくならないんだから。お風呂上りには毎日柔軟やってね、僕みたいに」

 ね? と付け加える様に言ってからようやくルーシーが修一を解放した。修一はゼエゼエと肩で呼吸しながら痛む箇所をすりすりと擦っている。……やはり相当辛いみたいだ。

 基本の特訓中、けたたましくトレーニングルームに飛び込んできたのは買い物袋を手にした眼帯の少年……ミツヒロだった。

「ぎりぎりセーフ!……っと、何じゃこりゃ」

 室内に入るなり目にしたのは中腰姿勢で突きの練習をしている子ども達とルーシーの姿であった。ちなみにこの中腰の格好だが、騎馬立ちという中国拳法や空手なんかでは身体操作の基本の立ち方とされている。



大人ってすぐ固くなるよね。
私もさぼったらすぐ元に戻った。
でも柔軟って一気にやると膝とか太ももとか
変な音して痛めるから怖いのよ。



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