中盤戦


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04-1.懲りない奴ら



 そのミツヒロ、と呼ばれたその少年には何となくだが見覚えがある――ルーシーが最近つるむようになった、見た目だけならとにかくガラの悪い少年だ。眼帯をしているのは単なるお洒落のつもりなのかと思っていたがどうやら本当に隻眼との事であった。

 背はそんなに高くはなくて、一見すると中学生のようにも見える。髪型も服のセンスもそうなのだが俗に言うヤンキーみたいな出で立ちだ。失礼かもしれないけどそこにいるだけで、子ども達にあまりいい影響を与えるとは思えない。

「で、なんなんです? ミツヒロくん。僕が連絡したら徹底的に無視し続けたくせに、何を今更」
「おッッめーがいつも変な時間帯に電話すっからだろーがっ!……ったく昔の癖抜けてねえのかよ。朝四時とか五時とか、アホか。こちとら寝とるわ!」

 ミツヒロが乱れた髪の毛を手櫛でさっと梳きながら言うのだった。それで何本かその茶色い毛が抜けたらしく、指の間に挟まった毛を見ていささかイヤそうな顔をした。

「それで。何で庭に侵入したんですか?――ほら、見なさい。キミのせいでみぃ〜〜いんな泥棒が来たと勘違いして起きて来たんですよ。ミツヒロ君、今あなた言いましたね。変な時間帯に連絡するなよ、と」

 言いながらルーシーは無表情でずいっとしゃがみこんだままミツヒロに迫った。そう迫られては威張っていたミツヒロもさすがにたじろぐ。

「人には偉そうに言いながら自分がまず守れていない。――で、今は夜中の二時ですよね。に・じ」
「そ、それはぁ〜……」

 そう言ってルーシーは指を二本立ててミツヒロのすぐ鼻の先に見せつけた。語尾をわざとらしく切りながらルーシーは更に更に詰め寄った。もちろん、氷のように冷たい表情のままでだ。

「さっきの言葉そーーっくりそのままお返ししましょうか。――僕もねぇ、寝てるんですよ。このクソ野郎が」

 寝起きのルーシーはとっても機嫌が悪いのをミツヒロは修一以上によく知っている。ルーシーは口元こそ微笑んではいたが、恐らく、いや確実に怒っている。その無理やりに笑ったような唇の端がひくんと痙攣しているのが分かった。

 ほんの一瞬、空気がひやっとしてその場がしーーーーーーーんと静まり返った。マズイ、と思ったのかミツヒロは慌てた様子で言った。

「わ、悪かった――あ、いや、俺が悪かったです……はい。どこから入ればいいか迷ってるうちにあそこでうろうろしてただけです。すいませんでした」

 そして、その状態のルーシーを怒らせるのはとても怖い事をミツヒロは身を持って知っている。これ以上怒らせたらやばい、死者が出かねない。

 一見すると怖いもの知らずそうなミツヒロでもこの調子で怖がっているほどだ。さっきまでの勢いが消え失せて、ミツヒロは低姿勢でへこへこと謝罪の言葉を洩らし始めた。

「ん〜、よろしい。それで? 用件は何でしょうかね? 目が冴えちゃったからこの際じっくり聞いてあげてもいいですよ」

 ルーシーがにこっと今度は比較的優しげな笑顔で問いただす。

「あ、ああ。ルーシー、大変な事が起きてる……っつか、起きると思う」
「何が?」

 ミツヒロが座り直すと痛みもようやく治まって調子も整い始めたのか、幾分か落ち着いた調子で言った。

「どーも、変な事が進行してるっぽい。一年越しの悪夢再来かもな」

 不穏なその台詞に、それまで無言で見守っていた修一も思わず素っ頓狂な声を上げた。

「な、何だって? また何か起きるっていうのか!?」
「……あぁ? 誰?」

 すかさずミツヒロが不思議そうな顔をした。ハッキリ言ってそれはほとんどこっちの台詞なのだが……、口籠る修一より早くルーシーが答える。

「僕の兄さん。素敵でしょ?」
「ああ、例の……」

 ルーシーが普段から愛しくてならないといった様子で、それこそ恋する乙女のような口調でその名前を呼んでいる存在。

 ルーシーは何故かこの兄を溺愛していて、世界で二番目に愛しているという(ちなみに、その一番はとうの昔に亡くなった姉だそうだが)。それと、彼らに血の繋がりは無い、義兄弟だと聞いていた。

「ちょっかいかけたらミツヒロくんと言えども情け容赦なくブチ殺すからね」
「しねぇよ! 人聞きわりーな、もう……」

 ミツヒロががしがしと髪の毛を掻き毟った。

「で、何で? 詳しく教えてくれるかな。今の話」

 視線を戻すとルーシーが問い掛けて来た。ああ、とミツヒロが思い出したように言って話を続けた。

「依頼だ。……えーと、どこしまったっけ」

 言いながらミツヒロが胸とズボン、ポケットの付いた部位を服の上から手を当てて確かめる。

 結局いつものクセでそれはズボンの尻ポケットにしまってあったらしい。彼は財布でも携帯でも何でもすぐにケツポケットに突っ込むのだ(一度それでスリにあったことがあって、相手を半殺しにした事もあった。あれは、どっちが悪いのかよく分からない事件であった――)。

「ん。コレ」

 そう言って差し出されたのは二つ折りにされた何の変哲もない紙きれだ。ルーシーが受け取ってそれにさっと目を通してから、やがて視線だけ持ち上げてミツヒロを見た。

「――この依頼主は」
「いいだろ。そーゆーこった」

 曖昧というか、答えになっていないその返事にも、ルーシーはふーんと目配せをしてからその紙を閉じた。


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