前半戦


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03-2.何が彼らに起こったか?



 雨は降ったり止んだりを繰り返し、相変わらず天気は安定してくれない。まったくもって先の読めない情緒不安定な天候だ――周囲を包み込む霧はこちらの心配をよそに益々深くなってゆく。

「うわっちゃー、霧が益々濃くなっていくね。みんな、大丈夫? ちゃんといる? はい点呼っ!」

 わざとらしいくらい明るい調子でミミューが言いながら、手をぱんと叩いた。何だか中学生時代の修学旅行でも思い出させる。まあ、その時と状況は百八十度違っていて全く楽しい旅行ではないのだけれど。

「……いるよ、全員」

 面倒くさそうに創介が答えるとミミューはよろしい、と呟いて前を向いた。

「しかし村の最奥って言われても、こう霧が深くちゃよく分からないねえ……」

 赤く錆びた鉄塔が、霧の中佇んでいるのが見える。その不気味な程の静寂の中で、同じく錆びた風見鶏がミシミシと音を立てて揺れている――さっきまでは聞こえていた子ども達の歌声も聞こえなくなった。さすがにこの天候に、大人しく家へと帰ったのだろうか。

「ねえ……」

 ナンシーがふと声を上げた。

「何だか、おんなじ場所をグルグルしてる気がするんだけど」
「ええ……?」

 にわかには信じ難いナンシーの発言であったが……この視界の悪さで何とも思わなかったが、言われてみれば――。一同が周囲を見渡すと、確かにさっき見た筈の看板が再びそこにあるような気がした。

 一同の脳裏にさっとうすら寒いものがかすめた。中でも半信半疑のセラがふと、周囲を見渡す。

「……っ」

 ぼんやりとした視界の中で、霧の向こうに佇むカカシを見つけた。確か随分前にコイツの前を通り過ぎたような気がしたのだが――セラは僅かに戦慄する。

 意思など持たない筈の、その無機物なカカシに何か視線のようなものを感じたからだ――視線、だって?――先程の有沢が言っていた台詞を思い出し、セラは背筋がぞっとするのを覚えた。

 再びカカシを見つめたが、そこにはただ何の変哲もないカカシがいるだけだ。

「ん? どうした、セラ?」
「いや……」

 創介に尋ねられたが、不安を煽るのもどうかと思いセラは何事も無いようにその首を振った。さっきのものとは別のカカシなのかもしれないし……そうだ、多分思い過ごしだ――セラは言いきかせるようにしてそう思った。

「変だなあ、何だか延々と村が続いてるような」

 皆がやがてハッキリと感じ始めたその不安を、ミミューが口にした。それまで気にも留めずに先導していたミミューも首を傾げるほかない。

「む、村で遭難とかマジかよ! やだやだ、勘弁だぜ」

 凛太郎が声を張り上げる。

「凛太郎……、迷ったの? 僕達……」
「しらねーよ! つか嬉しそうな顔してんじゃねえよ、お前。馬鹿じゃね」
「んーと……こういう時ってどうしたらいいのかな。来た道を引き返す? それとも〜……」
「進もう。……とにかく、歩くしかない」

 セラが何かを振り切るようにそう言い、先陣を切って歩き出すのだった。

「おっと……セラくん、危ないよ。そんなに離れたら」

 言いながらミミュー達もその後を追いかける。しばらく歩き続けていたがやはり結果は同じで辿りつくどころか似たような景色にばかり行きあたってしまう。

 出口の無い迷路と、まるで同じだった。テレビゲーム何かでよくある、無現ループのダンジョンにでも入り込んでしまったみたいだ。

 歩けども歩けども、そこにあるのはまた同じ景色――。

 ふとセラが視線を上げた先にいたのは、例のカカシだった。

「――馬鹿な……」

 セラが思わず上擦った声を漏らす。そのカカシが何だかさっきよりも随分と時が経過した後のように朽ち果てて見えたのは気のせいだろうか? 黒ずんだカカシはボロボロと崩れていて、燻っている。黒い、炭化したようなそれは何だか焼死体のようにも見えて一層不気味だった……。

「なぁ……」

 創介が声を上げた。皆の視線が創介の指差す先へと注がれた。

「あそこに何か……光が揺れてる」

 確かにその通りであった。ぼやっとした、オレンジっぽい光が霧の中に揺れ動いている。

「――人がいるのかな」

 目を細めながらミミューが呟いた。確かにその光は不規則な動きをしていて、誰かが松明かあるいは何か別の照明を手にして動いているようにしか見えない。ミミューはとりあえずそこへ向かう事を提案した。得体は知れないがこのまま霧の中で延々彷徨い続ける事になるよりはずっといい、と皆それに従う。再びその炎へと向かい足を動かし始めた。

 不思議な事に、こちらが炎へと近づこうとすればするほどその光がこちらから逃げるようにすすすっ、と動いてくのだ。不審に思いながらも、その灯に導かれるように歩いて行く。

 距離が縮まりかけたかのように思えば、再び灯りは離れて行き中々その差は狭くなってくれない……。

 そろそろ恐怖よりもおちょくられたのではないか、という思いの方が強くなってきた矢先にだった。

「あっ」

 村全体を包み込むようだった霧が少しずつにだが薄れていく。完全に晴れたわけじゃないのだが、今までのように手探りで進まなくてもいいくらいには引いてくれた。――何だか、ウソみたいだった。そして更に嘘みたいな話だが、視界が晴れるのと同時に目的の場所へと辿りついているのに気がついた。

「――あの女の人が言ってた屋敷ってのはこれだね」

 例の屋敷の全貌が拝める場所にまで導かれていたのだった。ようやく辿り付けた事にしばし皆ほっと一安心していたのだが、安堵の息を漏らす者だけではない。

 その外観を眺めながら、まるで恐れおののくような声を上げたのは凛太郎だった。

「そんな――これじゃあまるで……」

 そしてその隣で寄り添うように、凛太郎の手を握り締めるのは一真であった。

 二人がそうなるのも無理はない。だって、あまりにも『似ていた』のだから――かつて二人が住み、生活を共にし、そして……二人をすっかり空っぽな化け物へと造り変えてしまった、あの懐かしくも忌々しい屋敷に。凛太郎はしばらく引き攣ったような笑い顔であったが、皆の視線を受けてすぐに取り繕うのだった。

「……な、何だよ。何でもねえよ。行こうぜ、さっさと」
「凛太郎……」

 弱々しい声を上げて一真が何か言いたげにすり寄ったが凛太郎はそれを振り切るように歩きだした。ミミューが心配そうに見つめるが、凛太郎は何でも無いと言いたげにくるっとこちらへ振り返りもう一度口を開いた。

「なあ、ぼーっとしてんなって。また雨も降りそうじゃん、早くしようや」
「あ……、ああ。そうだね」

 再び曇りだした空を見上げながらミミューが同調するように頷いた。


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