前半戦


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04-1.イノセント・ドール



 それは、忘れてしまうべきだった筈の血生臭い記憶だった。だけど、一度脳みそに刻み込みこまれてしまったそれはいつまでもいつまでも自分達を追いかけてくる。

 屋敷へと一歩近づくごとに、あの時の悲鳴や、煽る観衆どもの下卑た笑顔。纏わりつくような視線。飛び散る血の強烈な赤さや、その生温かさも全てしっかりと思い出せた。

 物心ついた頃から二人はその薄暗く、鉄錆の匂いが充満する空間で育てられてきた。屋敷の扉の前に立った時、その記憶はより一層強みを増して二人の脳内に音声と共に蘇った。聞こえる筈の無いあの時の声達がハッキリとこだましたような気がした。

『殺れ!』
『殺れ!!』

――……

 駄目だ。これ以上考えると本当に自分は駄目になってしまう――凛太郎は唇を噛み締めると、二の腕に刻まれたあの『痕』がずきずきと痛むのを感じた。

 そんな彼の様子には気付くわけもなく、ミミューがその扉を叩くと、少々の間があってからゆっくりと戸が開けられた。

「あっ、すみません……」

 双子がまたそこで息を飲んで絶句する。少しばかり開かれた戸の向こうにいたのは、長いストレートの黒髪。眉上辺りで綺麗に揃えられた前髪に、憂いを帯びた目元……どこか表情に乏しい以外は、まるで『そのもの』じゃないか――凛太郎と一真の二人は、激しく覚えのあるその姿に驚いた。

 が、冷静になってその姿を見ると『彼女』よりは随分と幼くて、全くの別人だった。まだせいぜい十代後半か、いって二十歳を迎えるかぐらいだろう。

 丈の長いスカートのメイド服を纏った少女は無表情のままでこちらを覗きこんでいる。こちらを警戒しているのだろうか――、少女は何も言わない。

「あの……、僕達わけあってこの辺を旅しているのですが生憎の悪天候で足止めを食らってそれで……」

 ミミューが全て説明を終えないうちにその扉が急に大きく開かれた。

「――どうぞ」

 メイドの少女が、妙にかくかくとした、無機質な動作で中を指した。開かれたホールは揺れるろうそくの炎とシャンデリアの薄明かりのみ、中世の貴族の屋敷を思わせるようなそこはかとなく漂うゴシック調の雰囲気。

 白黒の市松模様の床に、人の歩く通路の上には深い紫の色合いの絨毯が敷かれている。それとは対比的に赤い色の壁に、外の光を遮るかのように黒いレース生地のカーテン。

 メイドは静かにその紫の絨毯の上を歩きながら何も告げずにいなくなってしまった。残されたこちらはどうすりゃいいのか、ポカンとするほかない。迎え入れられたのに、まさかあとは放置なんだろうか? いやまさか、そんな――。

 唖然としている中で、やっぱり一人どこかどっしりと構えている雛木が口を開いた。

「あいつ、人間じゃねえな」

 ぼそっと吐かれたその台詞に、一同の視線が一斉に注がれる。

「ちょっ……、ンなしつれーな事言うなよ。まさかゾンビか? いやいや違うだろ!」

 創介が苦笑混じりに雛木に言う。

「ふん、お前らの目はごまかせるってワケか。――生憎、僕の嗅覚は犬並みでねー。あいつからはヒトから匂う筈の肉とか血の匂いが全然しなかった。その代わりにオイルみたいな、機械の匂いがしたよ」
「オイルぅ!?」

 当然創介が目をまんまるくさせて聞き返す。雛木が続きを言う前に、その疑問へ答えを出したのは全く別の人物であった。

「その通り。彼女は機械人形<オートマタ>、すなわちカラクリ人形だ」

 暗がりからしゃがれた声と共に現れたのは自動の車椅子に乗った老人だった。これにもまた、双子がうっ、と苦しげに呻いたのだが誰も気付かなかった。

 老人を乗せた車椅子が静かにこちらへと向かってくる。老人はがりがりで痩せぎすの、白髪のおじいさんだった。白内障を患っているのか、その両目は白いカラーコンタクトでも入れているように濁っている。

「……そうだと見抜いたのは君が初めてだ。いや、純粋に素晴らしい」
「どーもぉー」

 雛木がやっぱり腕組のまま、いつもの傲慢な態度でとりあえず礼を言っておく。

「私が造ったのさ。少し感情表現に欠けている事を除けば、あとはもう完全に人間と同じに見えるだろう。声も出せる」
「いや、まさかあれが人形とは……何て精巧な造りでしょうか。凄いなぁ」

 ミミューが素直に感心した様な声を漏らした。事実、創介もセラも、さして表情に変化がないと見えるナンシーでさえ驚いていた。

「小夜<さよ>と言うんです。死んだ娘の名前でしてね、見た目も似せて作ったのですよ」

 老人がそう言って小さく笑った、どこか悲しげにも思える笑い方をして。それで何と言葉をかけようか迷っていた矢先に、老人の方から話し始めた。

「ところで、あなた方――先程少し話は聞きましたが何でもこの雨風を凌げる場所を探しているようで?」
「あ、は、はい。ここならば過去にもそういった方々を受け入れてくれたとお話をお伺いしまして尋ねて来たのですが――あの、よろしかったんでしょうか?」

 ミミューが帽子を外しながら畏まったように尋ねると、老人は喉の奥で笑い言うのだった。

「勿論だとも。しかしこの霧と雨風、恐らく今日はずっとこの調子だ――止むまで、この屋敷で休むといい。なんなら一晩を越しても構わんよ」
「……すみません。そうさせて頂けると非常に助かります」

 案外と話がまとまるのは早く、老人はスンナリと快諾してくれた。同時にメイド達が老人の呼びかけに応じるようにその姿を現した。この娘達も皆、同じようにオートマタと呼ばれる人形達なのだろうか?

 表情の起伏に乏しい少女達は皆、一言も発さずに近づいて来たかと思うと会釈した後に荷物を持ってくれた。

「部屋に案内しておやりなさい、可愛い我が子たち」

 老人が言いながら椅子の背を向けた。少女達は、今度は老人に向かって会釈をした後に再びこちらへと向き直った。皆計算し尽くされた、一寸の狂いもない完璧な動作だ。

 このようにミスのない動きが出来て、なおかつ費用はその製作費だけというのだからこの先『人間が必要なくなる未来』ってのは案外すぐそこまでやってきているのかも――そう思うと、何だか色んな意味でゾっとしないでもない。

 ゾンビと、人形達にだけ支配された世界。残された人間達はどうするのか!?――いやいや冗談じゃないな……、と創介は自分で考えながらそのシャレにならないプロットに笑った。



私も部屋が畳じゃなければ
ゴシック調の部屋にしたいは
友人がすごいオシャレな黒一色の部屋に
住んでてあれ羨ましすぎる。



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