前半戦


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02-3.死体と遊ぶな子ども達



 それで女性ははっと我に返ったような顔になって、慌ててそのびしょ濡れになってしまった両手をエプロンで拭いて踵を返した。

「かしこまり、ました」

 それでも歯切れの悪さは相変わらずというか、雛木の手からメニューをぶんどるように奪いあげて走り去ってしまった。それからうめき声というか、もはや奇声に近い声を上げるおばあさんの手を引いて、まるで何事もなかったかのように奥に引っ込んでしまうのだった。

「何だあれ、ヘンなの……」

 この妙な空気にしてしまった張本人の凛太郎は悪びれる様子も無い。創介は益々不気味そうに顔を歪めて、不安げに辺りをきょろきょろと見渡したのだった。おかしな住人しかいないのだろうか、この村には――。

「地下室に監禁されるぜ、ぼーっとしてると」
「はぁ?」
「不気味な歌を口ずさみながら手足をもぎとりそうなツラしてやがるぜ。どいつもこいつも」

 どこか楽しそうに、凛太郎が店の中をしげしげと見つめるのだった。反省の色はおろか、この状況をすっかり楽しんでいるらしい。全く、とんでもない奴である。
 
「……それにしたって、霧が酷くなる一方だね」

 ミミューが深くなるばかりのその濃霧を見てため息交じりに呟いた。

「この中を進むのは命取りだろうか、やはり」

 続いてセラが言う。

「フラグだな」

 凛太郎が何だか自慢気な顔をしながら突然のように言い出した。皆当然疑問符の浮かんだ顔で凛太郎を見つめ返す。凛太郎は腕を組み、にんまりとした顔のままで続けた。

「その一、山奥。人気が無いのは完全にフラグ。その二、悪天候で退路が断たれる。閉鎖された空間はフラグ、天気が悪いのもフラグ。その三、村人の様子が変なのも勿論フラグ。その四、子ども達が澄んだ声で意味深でヘンテコな歌を歌う。こりゃもうお約束のフラグ。その五、一晩を明かす事になる。恐怖の一夜が幕を開けるフラグ」
「? 何の話だ?」

 意地の悪そうな笑みを浮かべる凛太郎の言葉に創介はポカンとした顔のまま聞き返した。

「お前、あんまホラー映画とか見なさそうだもんな。いいか、これ多分絶対にホラー映画の展開だぜ。それもとびっきりB級の、趣味の悪いヤツだ」
「もうゾンビが出て来てるんだし、それ以上怖いものも無いけどね」

 情緒も何も無いミミューの台詞に凛太郎が一瞬ムカっとしたような顔を見せたがまたすぐに生意気そうな笑みを浮かべた。

「創介、お前ホラー映画で死ぬボンクラ野郎の法則が言えるか?」
「しらねーよ、そんな暗いモン見ねえもん。ていうか怖いし」

 その言葉に凛太郎がちょいと顔をしかめた。

「……だろうな。なら教えといてやるよ。いいか、まずセックス禁止だ」

 創介が飲んでいた水をぶーっと噴き出した。目の前にいるセラが思い切り迷惑そうに顔を歪める……。

「おい、馬鹿にすんなよコレは立派な法則だぞ。『13日の金曜日』を知らねーのかよ、アレがいい典型だ。性欲に突っ走る野郎は後ろから、あるいはベッドの下からマチェーテでぐさっとされて、挙句許しを乞いながら素っ裸のまま死ぬんだぜ」
「なーにが法則だよ! だったらアレか、性欲を否定するならオナニーしてても駄目なんか。そんなの悲しすぎやしないか。溜まるもんは溜まるからそこはしゃーないだろ、というか男だし! 生理現象なんだし仕方ないじゃん!」

 創介がテーブルを叩きながらそれはもう物凄い剣幕で反論する。必死そのものといった具合だが、マジになればなるほど虚しくなりそうなものだ。

「こいつら……」

 ナンシーが露骨に嫌そうな顔をしているが二人の馬鹿げた熱論は止む気配がない。

「あーあ、あーあ! しらねーからな、どうなっても! あとな、知らない奴から出された飲み物と食いものは口にしない! 飲み物に眠り薬とか入ってたりするからな」

 凛太郎がグラスの水を指差しながらにやにやして言うと創介はげっと顔を歪めた。

「……、は、早く言ってよねー、ソレ」

 ふと、何やらいい匂いが漂い始めた。雛木の頼んでいたものだろう、再び女性が姿を現したかと思うと雛木の元へとトレイに乗せられたままのレバニラ定食を運んできた。中々に食欲をそそられるいい香りだ。

 女性が再び奥へと引っ込むのを見届けてから創介が声を潜めて雛木に言った。

「毒! それ毒入ってる!」
「……入ってても僕は毒ぐらいじゃ死なないしね」

 雛木すら呆れた様な声を漏らしている。割り箸を割ると雛木はおかしな箸の持ちかたでそれを食べ始めた。しばらく黙って咀嚼していた雛木だが何だか異変にでも気付いたような顔つきをした。

「?……この味は……」
「毒か、やっぱ毒なのか!?」
「――……」

 雛木は少し黙っていたが、一旦それを飲み下してから再び口を開いた。

「――。いや、人間が作る物にしたら結構美味しいなあって。野菜も無農薬だし、水もカルキ臭くないしねー、ま、ほとんど零してたけど」
「なーんだ、そういう事かよ」

 雛木はそう言ったが、やはり何だか不審そうな顔をしたままでその料理を黙々と食べ続けていた。


雛木さんは箸の持ち方が悪い



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