18-2.猫は生きている
ナオは自然と漏れて来る笑い声を必死に噛み殺した。殺す、という意味では初めての復讐は実にあっけないものだった――というか、こんなにも上手く行くなんて思わなかった。
肩辺りにつけられた焼印の文字は、『17』とあった。ナオはその文字を見つめながらもう一度笑いを堪えた。が、引き結んだその唇の隙間からあざけるような笑い声が僅かに、少しずつだが漏れて来る。ベッドに座り込みながらナオは久しく聞いてなかった自分の笑い声に少しばかり驚いて肩を竦めた。
笑いが止むと、今度は恐ろしい程の静寂だった。天井を仰ぐ姿勢になって、もぬけの殻みたいな状態でナオはそのままぼんやりとしていた。
「――ナオ……?」
それはよく聞き慣れた姉の声だった。ナオがはっと顔を上げる、慌てて上擦った声を洩らした。
「ね、姉さん」
人の気配にも気付かないなんて――それも、よりにもよって大事な姉ときたものだ。
「どうしたの? こんなに暗くして……」
「駄目だ、来ないでくれ!」
ナオが止めるも遅く、既に室内には明々と電気が灯った。同時に照らし出された室内の床に、背中を向けた男の遺体が転がっている。喉に出刃包丁が突き刺さったまま転がっているその遺体を見るなり、姉のルイが小さく悲鳴を上げて口を塞いだ。
一歩、二歩と今や後ずさりながらルイは何かその光景を、作り物で出来た世界でも眺めるように見つめた。ちょうど、ミイラとか死体とかが展示された博物館にでも入り込んだ時の反応にも近かった。
「ナオ……これ、は――」
その華奢な身体を震わせながらルイがようやくのように声を上げた。ナオは慌ててベッドの傍にかけてあったシャツを羽織るとルイの元に駆け寄った。
「姉さん、これは……その――」
とにかく何か着なくては格好がつかないのでナオは慌ててシャツのボタンをとめてから、続く言い訳を考えていた。
「……ナオ、あなた一体何をやったの……」
ルイがナオの腕を掴んで怯えきった声を洩らした。そこでやっと、弟のしでかした事を理解し始めたといった具合だった。その顔が、放心状態からはっきりと恐怖へと切り替わっていく。
「違うんだ姉さん……これは、これは……」
ナオの怯えようは、人を殺してしまったことへの恐怖というより大事な姉にこんな無残な現場を見せたことへの罪悪感によるものであろう。そこで引き攣っていたルイの顔が全てを理解した、と言った風に緩んで行くのが分かった。その表情からはふっ、と何かが音もなく消え失せていくようだった。
ナオの横を通り抜け、ルイは倒れた男の死体の傍へと腰を降ろした。その長い豊かな黒髪が、男の身体にはらはらとかかる。
「姉さ……」
「――とにかく、バラバラにしなさい」
それは一切の感情を取り払った、低く冷たげな声であった。努めて冷酷な口調でルイは確かにそう言った。
「何してるの、早く!」
普段は見せない姉のそんな冷たい様子にナオが驚いてぼんやりとしていた矢先に、ルイが語気を強めて叫ぶように言った。
「う、うん……」
おずおずとナオが男の傍へと近寄る。ルイの顔が、何かの痛みに耐えているようにナオの目には映った。呼びかけようとして、ルイに抱き締められた。昔そうしてくれたみたいに。
「――言ったでしょう? 罪なら一緒に背負ってあげるわ……私が絶対に貴方を守ってみせる」
その声が震えていたのは多分気のせいじゃないのだろう、強く抱きしめてくれている筈の姉の手は同じように震えを帯びていた。姉さん、と呼びかけたかったが気付いてもらえると思えなかったのでやめておいた。
ルイはナオの二の腕に押されたその痛々しい火傷の跡――、一生消せはしない、生々しい『17』の跡をそっと衣服の上から撫ぜた。ルイにも、同じように刻まれた跡があった。それは忌々しい、この屋敷で過ごした証だ。
ルイは唇を噛み締めて、ナオをいっそう強く抱きしめた。
ア……ア……(カオナシ)
えれうしす読んでない人にはちょっとだけわかりにくい
だろうかこのへん……。
ちょいと不安。次ちょっとグロ。って何だこの今更感