01-3.霧の中に何かいる
こちらを覗くソイツは、顔に何故か茶色い紙袋を被っているのだ。袋には目の位置に覗き穴であろう、小さな二つの穴だけが開いている――これ以上の説明は不要、と言うくらいに実に不気味であった。
『紙袋』はヤモリのようにベタっと窓に張り付きながらこちらを覗きこもうとしている。
「なっ、何……」
それも一人じゃなくて数人いるのだ。その不気味な団体は手にカンテラを持ち、そいつらが動くたびにその炎が静かに揺れるのだった。霧の中その灯りが不気味に人魂のように蠢いた。
「ししし、神父ぅうう! 車出してぇっ! こいつら轢き殺してうぁああ△☆※゛〜〜!?」
「お、落ちつけよ……」
すっかり取り乱す創介を背後からなだめるのは冷静さを取り戻している凛太郎であった。
「いや。何だか……」
ミミューがショットガンを掴んだまま様子を窺っていると、窓をコンコンと叩く影が現れた。見れば、やはり異様な……黒いローブを頭から被った、男とも女とも、老人とも大人ともつかない人物が立っていた。
「あ、開けなくていいよ! やばい奴だよこれ絶対に!」
創介が叫ぶが、ミミューは構わずに窓を開けた。
「驚かせてすみませんね」
開口一番にローブを纏った人物はそう言った。声からして、老人だろうと分かった。
「あ、いえ……あの、あなた達は?」
極力冷静さを取り繕い、ミミューが尋ねると黒衣の老人は掠れた声で答える。
「すぐ付近の村に住む者です。……すみませんね、外部の人が来ることが滅多にないものですから我々も驚いてしまって」
「い、いえ……」
取り囲んでいた紙袋の集団が途端にさっとその包囲を緩めた。窓に張り付いていた奴もようやく離れて行ってくれた。ミミューはこほん、と一つ咳払いをしてからうっすらと唇を開けた。
「あの……、私達、わけあって第七地区へ向かっているのですが。この霧と雨のせいでどうしようかと悩んでいるのです。この道、どうやって行けばいいか分かりませんかね?」
はあ――とローブの老人は実に生気の無い返事をよこす。しばらく考え込んでから、老人は口を開いた。
「この霧ですが、恐らくもっともっと深くなりますよ。今晩にかけて……ね。この中を進むなど自殺行為だ、止めた方がいいでしょうな」
首を横に振って老人は答える。
「しかし、そうすると……うーん」
「神父、こいつらの方が絶対アヤシイって」
背後からひそひそと耳打ちするのは創介だった。
「――少し休める場所に案内してもらえませんかね?」
ミミューが創介の言葉は当然のように無視して老人に問いかけた。
「……ここからすぐの場所に、我々の村はありますが……」
何だか喉に小骨でも引っかかるような言い方をして、老人と、それを囲む一同達は顔を見合わせている。……その言い草と雰囲気からいって、決して歓迎はしてくれなさそうである。
「なに、長居はしませんよ」
ミミューが微かに笑いながら付け加えておく。やはり快諾、という感じはしないものの村人と思しきその団体は顔を見合わせたようにミミュー達の車から離れてゆくのだった。
「ほ、本気かよー……おい。何か気味悪いぞぉ、あいつら」
「失礼だぞ、創介くん。そんな人んちの祭りを土足で踏み荒らすような言い方は」
「ま、確かに胡散臭いけどそれ以外どうしようもねーんだしな」
凛太郎がのしかかったままの創介を邪魔そうに起こしながら呟いた。車を停めてから、とりあえず降りて一同が足を進める。雨水をいっぱい吸い込んでぬかるむ地面に足を取られないよう、一同が注意しながら動いてゆく。
言われたように、すぐに道が開けてその村……想像していたより随分と近代化の進んだ村があった。