前半戦


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14-3.極めて近く、限りなく遠い世界



 その邪悪な気配は、走れども走れども消える事がなかった。
 曰く生きた闇の中を、セラは孤独に只ひらすらに駆け続けていた。その見た目に反して体力と脚にはそこそこの自信がある。セラはロジャーの言うとおりに必ず振り返らず、ひたすら腕と脚を動かす事だけを考えて走っていた。

――しかし本当に暗闇しかないな……一向に明かりが見えてこないなんて!

 この術は一体どこまで続くのだろう? そもそも邪神、だなんて言ってしまえば神様なんだろう。そんなもの相手にするなんてちょっと命知らずもいいところな気がしてきたが……と、再びもう電池も少ないかもしれない、そのスマホが手の中で光を帯びた。

 何も無い真っ暗闇で置き去りにされるだけでも、人間の精神というのは蝕まれてしまうという。本能的に人は暗闇に対して怖いと思う生き物、なのだそうだ。それは恐らく人間が夜行性ではなく、夜目がきかないという事が大きく影響しているんだろうと思う。見えない、という恐怖は何ものにも換えがたい……。

 その状況下でこの小さな電子機器が今の自分にとって、どれほどの心強さがあったか。どちらかというとこういったツールは持ち歩きたくないと思っているセラでも今回ばかりはほんのちょっと感謝していた。

「も、もしもし!」
『セラ!……ああ、やっと繋がった……邪神との距離が開いたお陰で干渉が薄れたみたいだ』
「な・何なんだあれ……、見た瞬間に吐き気がしたよ」
『顔は見てないか?』
「見てない――というか、暗くてよく見えなかった。目とか鼻とかそういうのは確認してない、よく見る前に逸らした」
『……そう、か。なら多分大丈夫かな……』

 と、どこか頼りなさげな言葉にセラがため息を吐いた。

「多分って……ちなみにだけど、あれの顔を見ていたらどうなってしまうんだ?」
『……記録によれば、徐々に精神が蝕まれていきあとは――』

 ロジャーは言わなかったけど、そこまで聞けば大体答えは分かる。

「発狂、かな?」
『そう。並の人間の精神力ではその負荷に耐えられなくなってしまってしまうのが大半かな……』

 やっぱり神様なんて下手に関わり合いにならない方がいいようだ。セラは、もうどれだけもつのか分からないそのスマートフォンを握り締めながら大いに息を吐き出した。ここまで走ってきたのもあってか、随分と息が荒い。

『それよりもセラ。……もうそろそろ、お別れだね。名残惜しいけど』
「あ……ああ、そうか。もうすぐ充電も切れるかな」
『それもあるんだけど――きっと、出口はもうすぐだよ』
「……え?」

 勿論その実感はないので、セラは首を傾げる思いでいっぱいだ。立ち止まり、辺りを見渡してもそれらしき光もなく依然暗闇のままだ。

「どうして? 何も見当たらないけど」
『君自身が切り開くんだよ。邪神の干渉が薄れた今が好機だと思う』
「切り開く、ってそんなのどうやって……」
『――君の帰りたい場所。さっきも言っただろう? 思い浮かべてみるんだよ』
「……そ、そんな場所なんか……僕には……」

 そんな僅かな抵抗、もとい強がりをもロジャーは見透かしているかのように軽く微笑む。

『セラ、意識を集中させてごらん。思い浮かべるだけでいい、大切な場所や人を。今ならきっと、抜け出せる筈だから』
「……」
『どう? 聞こえて来ないかな』

 訝るようにセラがその永遠にも続くかに思える闇の中を見上げた。

「……声?」
『聞こえた?』
「あ、ああ……遠くの方で、僕を呼ぶような声がした……』
『――良かった。そこまで来れば、あとはもうすぐで出られるよ。最後まで、それだけを思い続けるんだよ。決して振り返ったり、弱い部分を見せちゃいけない。邪悪なエネルギーが付け入るのはそこだからね』

 そしてその声には、ひどく聞き覚えがあったので。
 セラは何故か今はとても懐かしく感じられるその声の主に、自然とまた笑みが浮かぶのを覚えた。

「創介……」

 無意識のうちにその名前を呼び、セラは再び途方も無いその闇を見渡した。

「創介! どこだ!?」

 それから駆け出すと、セラは少しずつ向かうべき場所がどこなのかが分かりかけた気がした。自然と脚が向かうその先へと、セラはひたすらに駆け抜けた。

「……ろ、ロジャー! 光が見えてきたよ……」
『そのまま真っ直ぐ進むんだよ。そしたら、今度こそ本当にお別れになるね』

 その言葉に一瞬足を止め、セラが一つ息を吐いた。

「――、お別れって……その……」
『止まっちゃ駄目だよ、セラ。走り疲れたのなら歩き続けるんだ』

 こちらのそんな躊躇いもまるでお見通しだと言わんばかりに、ロジャーは電話口の向こう側でちょっと笑った。

『異変が収まれば、この状況によって出来ていた通話も出来なくなっちゃうからね。でも、多分それがいいんだ。――俺は弟達を再び探さなくちゃいけなくなるけど』
「ロジャー……あの、本当にありがとう。君が助けてくれなくちゃ、僕は今頃どうなっていたか……ほんとは弟さん達の救出を最優先にしたかっただろうに」
『いいんだよ、セラ。あいつらの事なら初めから事態を見越して行動してたし、それに信頼してる仲間も一緒だから。――それよりもむしろ、俺は君と出会えた運命の方を、自分の直感に従って信じたかったから』

 一瞬、何かの口説き文句と勘違いしそうにもなってしまうが――セラは先程預かったネクロノミコンの破片の事を思い出した。





これが映画だったら
真っ先にロジャーが黒幕だろ! って疑うよな……。
すごくどうでもいいですがこれを書いている時は
ゆとりFF4をBGMにしてました。
しんすけの突っ込みがとても面白い。



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