10-3.鬼畜のススメ
無残に捨てられたその首を拾いながら、老人が呆然としている。そんな老人をビッと指差しながら雛木が極めつけのように言うのであった。
「こちとら食えないのに興味は無いんでねー! いるんでしょ、これ? 返してやるよ、ありがたく思えよ老害」
雛木の態度一つ一つは相変わらず自信に満ち溢れていて、つくづく味方にしておいて良かったと思えるほどだ。こんなのが敵にいたとしたら怖い、怖すぎる。
その言葉一つ一つにしても、雛木はあえて彼を煽っているんだろうと思う。見事に老人はぶるぶると怒りに肩を震わせていたが、やがて何かに気がついたようにその顔を上げた。
「……そうか、なるほど……お前も――お前も人間じゃないのだな。我々と同じ匂いがする――」
雛木を見渡しながら老人が一人、納得したように言った。
「っは。アンタらみたいのと一緒にしないでよ、僕は誰かに従属して嫌々と人間やめたわけじゃないんだからね!」
やはり雛木が堂々と言い放つと、老人はゆっくりとその場で立ち上がった。
「くく……まぁ、いい。おい小僧ども、少しだけ寿命が延びたみたいだな。――それとお前ら」
次は創介と雛木の事だろう、老人の鋭い眼光がこちらを睨み据えた。
「お前らと残りの奴らも人形の材料としてバラしてくつもりであったが……そんなに早く死にたいのならさっさと始末してやる、喜べ」
老人がパチンと指を鳴らすと、創介達の背後の扉が自然と風もないのに閉まった。閉じ込められてしまったのだろうとは予想がついた。
創介が正面へと顔を戻すと、老人が狂ったようにケタケタと笑い声を上げていた。
「……見よ! 異世界とこの世が繋がるぞぉ、諸君。我々はこの瞬間を待ち望んでいた――遂に扉が開いたのだ! 今宵、我々はシュブ=ニグラス様と共に完全にこの世界に復活することが出来るぞ!」
途端に、空間そのものが歪んだかと思うと、足元から――もとい地の底から蠢くような声が響いてきた。何百、いや何千ものその唸り声が響き渡り、ぐらぐらと周囲が揺れた。同時に、壁やら床のタイルがボロボロと崩れて剥がれ落ち始めた。
そのどす黒い侵食に呑まれると、ホルマリン漬けの瓶が次々に割れてゆき、天井や床には次々と血管のような赤い筋がびしびしと走り始めた。
異世界と繋がる、とはどういう意味なのか?――剥がれた床や壁の向こうは、宇宙のような空間が広がっているのが見えた。
創介がぽっかりと開いた足元を見ると、自分達の下に広がるのは無数の闇と、それと機械式の回転ねじのようなものが見えた。
不思議とその足元は透明な床のようで、試しにそっと足を乗せてみたがガラスの板でも張られているみたいに底が抜けることは無かった。
「マジ……っ!? ど、どうなっちゃってんだコレは!」
創介が慄くが雛木はやはり怯える様子も無い。一歩足を進めたかと思うと実に涼しげな顔のまま、ウォーミングアップがてら首の関節をポキポキと鳴らしている。
「へー。ま、よく分かんないけど! とりあえずあいつら全部ブッ倒せば終了でしょ? せいぜい楽しませてみてよね〜」
怯える創介とはまるで正反対の雛木であった。それからずんずんとやってきたのはメイドではなく、先程の山羊男だ。
斧を引きずり、段差に当たりゴン、ゴン、と鈍い音を響かせつつ山羊男は少しずつこちらへ近づいてくる。山羊野郎が原因なのか、急にむっと獣臭いにおいが漂い始めた。体格のせいか動きは鈍いようであるが、見たところ完全なるパワータイプだ。
雛木とは体格の差がありすぎるが、果たして大丈夫なんだろうか? そんなこちらの心配なんぞは吹き飛ばすよう、雛木は余裕の笑みを浮かべた後、斧をふりかぶる山羊男の一撃をさっと難なくかわす。
創介はぼやーっとしていたのだが、雛木に後ろ手に突き飛ばしてもらったおかげで何とか一撃をかわせたようだ……情けない。
雛木はくるっと振り向きざまにちゃっかり近づいてきている一体のメイドに足払いをかけて転ばせると、素足のままその顔を容赦なく踏んづけた。
バキン、と何か部品でも折れるような生々しい音がしてメイドはその足をどけようと力無くもがく。顔の上に乗せられた雛木の足を引っ掻くが、雛木はメイドの落とした釘バット(これまた随分原始的な武器だ)を拾い上げる。
握り締めたバットを一振りしたあと、もう一度それを眺めてから雛木が邪悪に笑う。それを担ぎなおしつつ、山羊男を挑発的な眼差しで迎え撃つ。
「……よおデブ、運動不足そうじゃん? 僕がダイエット手伝ってあげよっかぁ?」
その赤い舌をチロっと覗かせて、雛木が舌なめずりをする。足下のメイドの事はもうどうでもいいらしい。妖艶に微笑むと、雛木はバッターよろしくそのトゲトゲしいバットを構えた。野球の経験があるのかどうかよく分からないが中々サマになった構え方で、雛木はその愛くるしい見た目には不釣り合いのバットを飛びかかってきたメイド達にフルスイングさせる。
「……あっははははッ! ほらほら来いよォ! バッター雛木、大きく振り被ってェ〜、人形の頭をーーっ!」
半ば楽しんでいるようにすら見える雛木は、機械じみた動きで襲いかかってくる人形達を次々に裁いて行く。煽られた山羊男も人語を理解しているのかどうかは不明だが、そのマスク越しに荒い鼻息を漏らしたのが分かった。
「打ちましたぁーーー! 逆転満塁ホームラーーンッ!……あはっ!」
ズバコッ、と生々しい音と共に人形の首が回転の勢いを伴って半壊しながら吹っ飛んだ。
虚ろなその目を向ける首と目が合った……ご丁寧に、転がったその顔の頬に釘が数本刺さっているのが見えてさすがにちょっとうげっとなった。血も出ていないし赤い肉も見えるわけじゃないのに変に生々しいのはどういう事なのだろう?
「特別トレーニングだよぉ、あはは! まだまだだーーっ!」
パコーンとボールを打ち返した時のような小気味良い音を響かせながら雛木は楽しそうにバッティングにでも興じているかのように次々と襲い来る人形どもを跳ね返し続ける。
「な……なんて……」
老人が落ち窪んだその両目を見開いて唖然としている。それに挑発するように、雛木は舌を出してその中指をおっ立てている。悪戯っ子のような笑みは可愛らしくもあり、いやいや憎たらしすぎる。挑発するには十分すぎるほどだ。
「……おっと。これはもう使いものにならないねっ、と」
メイドの顔に突き刺さったバットを引っこ抜くと、同時に釘もほとんど無くなっているのに気がついた。
ボロボロになったバットを捨てたかと思うと、今度は雛木自身が戦う番だった。深呼吸ののち、その場で跳ねメイドの肩に飛び乗る。ひと呼吸おいてから大胆にもその頭部をひっつかんだ。
渾身の力を込めるのと同時に、その首がゴキャッと嫌な音を立てて、百八十度回転して回るのが見えた。後ろ向きにその首が行ってしまったメイド人形はどこへ向かえばいいのかふらふらとしたのちにその煮立った窯の中へと足を滑らせて落下して行ってしまった。
悲鳴も上げずにただただ倒れて行く人形達の群れは何だか残酷というよりは滑稽なものに映った――言い方は悪いのかもしれないが。
そして、雛木の攻撃の手は止まない。そもそも同じように人間でない雛木は縦横無尽に動き回る。壁から天井へ、まるで身軽な小動物の敏捷さを思わせる動きで飛びまわり機械の群れ達をいともあっさりと倒していく。
「す、すげー。殺人マシーンのようだぜ……」
つくづく敵にしておかなくて良かったと創介がぼーっとその光景を眺めている。
「お、おい創介! ぼさっとしてないでこっちこっち!」
凛太郎が縛られた両腕で叫ぶ。その光景に釘付けになっていた創介がはっとして振り返った。慌てて駆け寄るとその肉切り包丁で固く結ばれた頑丈な縄を切ってやる。
「間違って腕まで切り落とすなよな!」
「わーってるって……おらよ、っと」
「僕はまだ解いて欲しくない……」
「アホ抜かせッ!」
うっとりとした顔つきの一真を創介がすかさず叱咤する。
恐れを知らない人形軍団は壊れかけながらも雛木へと果敢にも襲い掛かろうとするが、そんな人形を、吹っ飛ばしたのは例の山羊男だった。
山羊男は斧をこちらへ向かってくる動作の鈍さとは正反対に機敏な動きで斧をふりかぶり、進路を塞ぐメイド達を吹き飛ばし始めた。どうやら頭に血が昇っているのか、雛木をしとめる為に邪魔な奴らをどかし始めたというわけである。
「何じゃあれは、仲間割れしてるぞ!」
「脳筋か……腕力馬鹿はアレだもんな。ジェイソン=ボーヒーズといい勝負するぜ、きっと」
リミッターが外れたんであろう山羊男はわけのわからない唸り声を上げながら、もはや敵味方などは関係がなしに手にした斧で暴れ散らしたのであった。
楽しかったで章。
ゾンビもいいけどわけのわからんクリーチャーに
襲われてビクビクしながらも反撃に出る展開って
すっげー燃えるよな。
殺人鬼にやられっぱなしじゃなくて一矢報いる、ってのも
いいよね。結局負けちゃう事が多いけど。