前半戦


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10-2.鬼畜のススメ



 いわゆる悪魔的な儀式、黒魔術とでも言えばいいのか……これから行われるのは大方そんなものだろう。やはり薄暗い部屋の中には本物かどうかは分からないが人骨や、動物の頭蓋骨、ホルマリン漬けの謎の物体など気味の悪いオブジェが所狭しと飾られており、壁には鹿やら、ヤギの頭のはく製が飾られている。

 オカルト方面に興味津々の凛太郎、これが状況じゃなければ「本物か!?」と喜びそうな浪漫のつまったセットである。

 魔方陣の描かれた床に、その前に置かれたバフォメットの像、お約束というお約束をコレでもかというくらいに敷き詰めた儀式会場ではあったが――凛太郎の視線を引き寄せたのは、そんな見慣れた小道具ばかりではない。

 壁に書かれた意味不明の紋章。そしてその紋章を覆い尽くすかのようにびっしりと貼られた――少女達の、古ぼけた写真だった。
 その写真はどれもこれも、不鮮明なものばかりで、皺くちゃだったり或いは端っこが破れていたり、そしてまた或いは故意にやったものなのか目の部分にマジックペンで潰されたのであろう黒い線が入っていたりした。もっと酷いものには、目元に縫い付けたような気味の悪い修正線が縦に引かれている。

 その中央、祭壇と思しき場所では例の老人が車椅子に座り、洋風の経帷子を身にまとっている。
 メイド達に投げ出されて凛太郎と一真はどさっとその魔方陣の描かれた床に転がった。

「ってぇな……、畜生!」

 早速毒づいて顔を上げれば、老人の隣には例の彼女――ルイにそっくりな小夜が全身黒いドレスに身を包んで寄り添うようにして立っている。二人とも起伏に乏しい、ほぼ無表情に近い顔でこちらを見つめている。

 二人の背後に、不釣合いに聖母の像が手を合わせた状態で笑みを浮かべている。蝋燭の薄明かりによってぼんやりと浮かび上がる聖母像のフォルムは、何だかこの場にとても似つかわしくない。ごちゃごちゃとした統一感のなさをいっそう際立たせており、また非常に不気味でもあった。

「これはまた随分と元気のいい生贄だな……、まあいい。これで小夜が完全なる蘇生を遂げるというのだからな」
「は、はぁ!?」

 当然のように、凛太郎は訳が分からない。

「じ・ジジイ、一体どういうつもりだよ。俺達をどうする気だ!?」

 縛られた身体で凛太郎がもがいた。横で一真は嬉しそうにニヤニヤしているのだからどうしようもないが……老人はちらっとそんな一真を一瞥したがさして気にも留めずに、凛太郎の方へ視線を戻した。

「まぁ、どうせ死ぬんなら聞かせてやらなくもないが……」

 老人は隣にいる小夜の肩を抱き寄せながらにっと笑った。

「――血のめぐりの悪そうなお前らはどうか知らんが……仲間の中にはもう察しがいってる者もいるのかもしれんな。この村は、もう数十年前にとっくになくなった村さ」
「血、血のめぐりが悪そうってどーゆー意味だオラッ」

 凛太郎が反応したのはまずその箇所だった。

「元々この村は、信仰の強い土地柄でね――決して裕福ではないが、ある掟さえ守れば未来永劫、繁栄と存続をもたらしてくれる……そんな『神』が、我々にはもう何年、何十年、何百年と味方していたのだ。これは私が生まれるもうずっとずっと前から続けられてきたしきたりだった。子どもの頃から、母は私にしきりに伝え続けてきた。神様はみんなを救ってくれる。神様は平等に愛を与えてくれる。だからこそ敬わなくてはならぬ、必ず怒らせてはいけないのだと」

 神――とはこれまた随分と胡散臭いな、と凛太郎は思ったが口には出さずに老人の顔をじっと見た。

「幼い頃、私は父と母が夜になると家から突然のようにいなくなるのを不思議に思っていた。それは決まった日時、決まった時間に、息子の私が寝静まったのを見計らうようにしていなくなるのだから幼い私にもその不自然さは理解できた。私はそんな二人の後を、こっそりと追いかけて、そして……その真相を見た……」

 当時の事を思い出しているのであろう、それまで静かに震えていた老人の顔にはっきりと戦慄がひた走ったようであった。

「生贄が……生贄が焼かれていたのを私はハッキリとこの目で見た。その時焼かれていたのは、若い女性だった。同じ村の人間ならすぐに分かるが、知らない顔だったから恐らく部外者だろう。女性の甲高い悲鳴がすぐに聞こえなくなり、続けざまその隣で小便を漏らしていた健康そうな男女が焼かれ始めた。次に男が焼かれ、その次の女は焼かれなかったが……代わりにその四肢を、よく見知った村人達の手によって切断されたのだ!……信じられるか? 昼間は笑顔で挨拶をかわしていた、優しい筈のよく知ったお隣のおばさんが今や無表情で園芸用の大きなハサミを手にして……女性の腕やら手を……」

 目を閉じれば、あの時の悲鳴や血のにおい――もうとうに昔のものだが、あの惨状をはっきりと思い出す事が出来た。

「私達に味方していたのは確かに神だった。だがそれは、決して私達が思い描くような全知全能の神様とは百八十度違うものであった。人間にだって善人と悪人が色々といるように、神もまた然りだ。私達では到底計り知れない程に沢山の者がいる……私達が敬い、慈悲を乞うた相手は――そう、『邪神』だったのだ」

 途端、室内であるにも関わらず強烈な突風が吹きつけてきた。凛太郎も一真も目を閉じ、やや息苦しさを感じつつ何とか顔を上げた。強風によって壁に貼られていた写真達が何枚か剥がれ、花吹雪のように空間に散らばるのが分かった。

 老人はやがて車椅子から立ち上がると、その足で一歩ばかり進めた。歩くのには何の支障もなさそうだ。途端、激しく雷鳴が轟き響き渡った。

「邪神シュブ=ニグラス、邪悪なる豊穣の女神! 我々は先代、いや、先々代と――むしろこの村が生まれたその瞬間からその神を祀り、称え続けてきたのだ。村の長だった私の父も、その父である祖父も、このおぞましい風習を引き継いで村を守り続けてきた。逃げる事は許されないのだ、何故ならば……!」

 絶妙なるタイミングで再び落雷が発生し、言葉を切ったところで端から現れたのは山羊の被り物を頭にした屈強な男だった。巨大な斧を引きずりながら、しかしそいつの身体はどう見ても焼け爛れており、皮がほとんど捲れて真っ赤な肉が露出している。

 まるで焼死体のように日焼けした男の身体を見て、凛太郎はすぐ傍でごうごうと燃え上がる炎を見上げた。

――生贄を焼く為の炎……

「そうだ、お前が今思っている通り! 捧げた生贄はこうやって、我々の村の番人として生まれ変わる!――こうして次々に兵隊を増やし、また次なる山に迷い込んだ犠牲者どもを捕まえるのに役立ってもらうのだ」
「……焼かれなかった方の生贄はどうするんだ?」

 これは、凛太郎にとっては単なる興味本位で聞いてみた。

「それらはパーツを切り取って保管するのだ、私の作る生き人形達の貴重な部品となるからな」
「……人形……」

 呟きつつ凛太郎が背後を振り返り、無表情に佇むオートマタのメイド達へと一瞥をくれた。再び老人へと向き直り、凛太郎は何とか話を整理しようと試みる。あと、あともうちょっとだけヒントが欲しいところなのだが。

「つまり、こうやって生贄を増やし続ける事で邪神は代わりに村の存続を約束してくれる……ってわけだな? 昔々からそうやってこの村は存在を許されてきた……」
「既に平行世界での我々は消滅しているのだから」
「ヘイコウセカイ?」
「……ふん、言ったところで通じるわけもない。そもそもお前らはここで死ぬ運命にある、だからどうでもいい事だ」

 はっきりと死を宣告されたのにも関わらず、凛太郎はへらへらと可笑しそうに笑っている。その態度に老人はいささか不愉快そうに、深い皺の刻まれた顔を歪めた。

「へへ……へ、じじい、てめー世間を知らなすぎだぜ」

 次いで凛太郎の口から発されたのは更に馬鹿にするような台詞であった。

「――? 何だ、一体」

 当然その謎の余裕に不思議がったよう、老人が尋ねる。凛太郎は飽くまでも嘲笑うような調子を崩さずに言うのだった。

「冥土の土産話っていうんだっけ、今みたいなの。そうやってベラベラベラベラくっちゃべってあれこれ種明かししちゃうヤツって大体死んじゃうからねー? そういうシナリオなんだよ、今時のドラマってのはさ」

 それは勿論、理論的かつ理に適った説明などではなくて、僅かに動揺してしまった事さえ馬鹿らしくなるほどであった。今度は、老人の方が鼻の先で笑い飛ばす番だ。

「は……――何を言い出すのかと思えば、たわけた事を。二人並べて仲良くあの世へ送ってやる……さーて、どっちが先に死ぬか、」
「そこまでだよっ!」

 これまた少年臭さの残る、こちらはダミ声気味の凛太郎よりも愛らしい鈴のような声。腰に手を当てて、偉そうにその入口で構えているのは雛木である。雛木の隣では創介が取り繕ったようにポーズを決めている。

「ほぉーら、言っただろーが!」

 凛太郎が勝ち誇ったように、けらけらと足をばたつかせながら笑う。

「なっ……入口には見張りの人形達がいたはず……」
「ああ〜、コレの事?」

 見下げるような調子を出しながら、雛木が手にしていた人形の首を鷲掴みにして見せつけた。人形の切断された首から下に、胴体部と繋いでいたものだと思われる何本もの管が垂れさがっている。

「ほーら、返してやるよ」

 言いながら雛木がそれをばっと投げた。その横で創介がどっちが悪者なのか本気で迷いつつ目を丸くしたのだった。





初版では、只単に豪雨と土砂崩れによって
崩壊した村の村長(じじい)が娘を死なせたくないので
悪魔に願いを捧げたら、人間の魂と引き換えに
村人と娘を復活させてやろう! と
取引をもちかけられたので(きゅうべえか!)それに従って
かりそめの魂をメイドさんたちに封じ込めて、
無事に復活した村人達は村で変わりなく、
いやいや一生しねない人間として復活させられて
生活している……というような話だったんですけど。
この辺はちょっと改変させてもらいました。
元々村自体が邪神を崇拝していた
邪教みたいなものだったのですね。続ku


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