前半戦


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09-4.殺戮人形、始動



寝苦しい夜だ、一段と――。

「凛太郎、凛太郎」

 一真の声で、目が覚めた。何だかひどく頭痛がする……、凛太郎は目を擦りながらその場に身を起こした。そこで視界が一瞬ぐらりと揺れる。まるで頭のてっぺんに重石でも乗せられているかのような気がした、痛いというよりはもう身体の全体が重たくてだるい……。

「なんだよ……あー、くそっ。頭いてえー……」

 そんな自分の異変に等は構う事は無しに、一真がすかさず言った。

「何か、動いてる」
「あ……?」

 一真が暗い室内で指差した先にいたのは確かに……、それまで朦朧としていた凛太郎だったが、慌ててばっと飛び起きた。薄暗い部屋の中で、ソイツが動くごとに赤い二つの残光が揺れる。それが瞳の光だと気がついて、ようやくその影が人間の形であると認識した。

 そいつは壊れた玩具みたいにどこか規則正しくユラユラと揺れていた――が、やがてその動きがぴたりと停止する。そしてこちらが状況を把握せんとする前に、ソイツはこちらへ向かって狙いを定めた。まさか――と身構えるよりも早く、勢いよく飛びかかってきた。

「げっ!」

 最悪の視界の中、凛太郎が横に転がってシーツを巻き込みながらそれを避ける。ベッドの上に降ってきた黒いスカートと、白いフリルのリボンがついたエプロンドレス――ソイツが例のメイドだというのはすぐに分かった。

「なっ、何じゃぁ!? やんのかこいつ……!」

 メイドがゆっくりとこちらへ顔を向けた。赤く光る鋭い両目に捉えられて、一瞬びくっと強張ってしまった。人形だけあってか表情はまるで無いに等しく、その整った顔立ちゆえか一層冷たいものに感じられて心底ぞっとした。

 耳より少し下くらいで切りそろえられたオカッパ頭のメイドは、ギシっとその身体を機械じみた動きで持ち上げてこちらへ向くのだった。

「おい一真! 銃を用意し……うわぁ!?」

 一真は何とまあ、もう一人いたメイドに背後から羽交い締めにされているのだった。少しくらい抵抗しろよ、と叫びたくなったが律儀にそうしている暇なんて無い。ついでに迷っている暇も無かった。凛太郎は背後の暖炉をちらっと一瞥した後、手を伸ばした。

 突き刺さったままの火かき棒がしかとその手に握られたのを確認し、凛太郎は熱されたその棒を見つめた。

 にたーっと笑った後、一真を掴んでいるメイドに向かって火かき棒を思いっきり振り下ろした。

「オラァ! これでも食らえや!」

 熱を帯びた鉄の棒を片目に突っ込まれて、メイドは叫び声こそ上げなかったが衝撃ゆえに一真から手を離した。両手で突き刺さった火かき棒を握り締めるが凛太郎は構わずに、それを更に深くへと沈めて行く。

 じゅう、っと何かが焼けるような音に混ざって、熱したフライパンに油を引いた時みたいな匂いが立ち込めた。

「どーだコラ! いてーか? いてーんか、それとも気持ちいいんか、ええ、おい? もっともっと突っ込んでやるよ! このバイタが、そんでもっと深く咥えこみやがれオラァアア!」

 それを行使している凛太郎は実に楽しそうだ、汚い台詞を吐き散らしながら興奮しているのがよーく分かる。

 笑いながらその火かき棒を奥へ奥へと突っ込んでいく。掻きまわしながらその手ごたえを心の底から楽しんでいるみたいだったが――夢中になりすぎるあまり、もう一体のオカッパ頭のメイドの事などすっかり忘れていたみたいだ。

 先のメイドが、ベッドの上に直立で立ったままその長いスカートへと両手を伸ばした。膝の辺りを、ぎゅっと掴んだ。

「凛太郎〜……」
「ひゃははははっ、いーい光景だぜコラっ! 気持ち良すぎてよがってんのか? あー、こら? 次は口ん中もたっぷり犯してやっから楽しみにしとけや! うひゃひゃひゃ〜〜〜っ」

 もうそれは完璧に狂人の笑い声と同じであったが――、その間にもメイドは掴んでいたスカートをばさっと捲り上げた。形よく、すらっと伸びた脚(だが恐ろしい程白いため健康的とは言い難い)が露わになったかと思うとジャラジャラと音を立てながら何かが現れた。

 次いでベッドの上にジャラジャラと音を立てて落ちたのは銀色のチェーンだった。一真がどっちを見ればいいのか分からず、その場に座り込んだままで、凛太郎とメイドを交互に見比べている。

 やがてメイドの手には、その鎖とゆるやかにカーブした刃物――いわゆるクサリ鎌がしっかりと握られていた。メイドは右手にじゃらりと鎖を幾重にも巻き付けて、もう片手で鎖の先についた鎌を振り回しながら相変わらず無表情で立ちつくしている。

「っと〜……つい熱くなっちまった! もうイっちまったぜこのアマ」

 凛太郎はメイドの腹を容赦なく蹴っ飛ばすと、その突き刺さったままの火かき棒をズルっと引き抜いた。メイドはまるで壊れて動かなくなったおもちゃみたいにそのまま崩れ落ちた。破壊された目からは、黒い煙がぶすぶすと、そして涙のようなオイルが漏れている。

「ククッ……次はどこを壊してやろうかなぁ……あー、たのしー」

 凛太郎はすっかりスイッチが入ってしまったのだろう。濡れて輝きを帯びたようにその目が、そりゃあもう爛々と輝いている。まるで子どもが好みのゲームに興じているかのような、実に楽しそうな顔つきだった。

「凛太郎」

 自分の世界に陶酔し始めた彼は、一真の呼びかけにすら一切応じない。

 途端メイドが鎌の付いた鎖をチャラッと投げた。凛太郎に向かって投げたのでは無く、投げ縄のようにしてそのすぐ隣の壁に突き刺したのだ。

 がつ、っという音がして凛太郎はようやく背後を振り返った。メイドは壁にひっかけた鎖を使って、高く、また勢いと共に飛びあがった。

 いわゆるムーンサルトという技だろうか、エプロンの結び目のリボンを揺らし、しなやかに円弧を描きながらメイドが飛んだ。その回転姿勢といい、フォームの華麗さといい、凛太郎も思わず見とれてしまっていたのは言うまでもない。

 ぼおっとしていると、一気に距離を詰めて飛びかかってきたメイドのその脚に首をがちっ、とホールドされた。人肌とは違う冷たさに一種の恐怖を覚えながら凛太郎は何とか引きはがそうともがいた。

 右手の火かき棒を振るうが精密なプログラムのなされた機械相手にはどうしようもない、こちらが暴れるほどメイドはきつくその両脚を締めあげて来る。

「ぐ、あががっ……一真! おい、一真! ぼさっとしてないで、荷物から銃を――っ・ぐえぇ」

 しかし、返事は無い。おい、まさかこの光景に興奮しちゃってるとかいうオチじゃ――と凛太郎が涙で歪む視界の中必死に一真を見ると一真はその場に倒れていた。

「かずっ……」
「凛太郎〜、頭ふらふらするー。お酒、って、すごいね……お、おええー!」

 言いきるかの前に、一真は何とその場で激しく嘔吐した。まさか、と凛太郎はこの先程から絶え間なく襲ってくる頭痛の原因を理解した。

 さっきの酒に何か入ってたって言うのか……俺の馬鹿野郎、と今更後悔しても遅い。あれだけ創介にホラー映画の鉄則を解説したというのにも関わらず自分がその罠にまんまとかかってしまうとは。言い訳がましいが、夕食が何ともなかったせいでもうすっかり気を抜いていた。

「あ、あ……駄目だっ、俺も頭が……くそっ」
「了解――、捕獲、します」

 メイドが抑揚に乏しい調子でそう呟くと、ばっとその両脚の拘束を解放した。凛太郎がどさっとその場に倒れるが、もう一度起き上がる余裕は無かった。残る意識の中で、こちらを見下ろすメイドを必死に見上げる。相変わらず無表情のまま、メイドはこちらをじっと見つめていた。

――何だって、捕獲ぅ……?

 そういえば、メイドはあの時すぐに自分を殺せたにも関わらずあえてそうせずに襲いかかってきた。つまり生けどりにするってことか、そりゃ何でまた……。

 思い浮かぶ理由と言ったら――いやはや、それは考えるのも恐ろしい。

 凛太郎は遠ざかる意識の中で、自分の詰めの甘さを呪うのと同時にこれからされるのであろう数々の惨劇を思い浮かべるのであった。 



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