前半戦


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09-3.殺戮人形、始動



「あの。もう切ってもいいですか」
『ちょっ……、お前今。俺の事思いっきり頭のおかしい人間だと認識したろ!?』
「生憎ですがこっちは非常事態なんで」

 タチの悪い遊びに付き合っている暇なんか、こっちにはないのだ。セラがようやくその通話をやめようとした時である。

『――そいつらは強い光に弱い! カメラのフラッシュや、強めの懐中電灯なんかで照らせば怯む!』

 電話口から思い切り叫ぶ声がしたので、セラとミミューが目を合わせてから正面の窓を見た。そいつら、とは――やはりこのゾンビモドキと化した村人の事だろうか? だとするなら、何故それが分かる。

「っ……貴様、何者だ! さてはお前が黒幕だな、おいこの何だこの状況は……」
『あぁあ、違う違う! 違うよ!……俺は単なる考古学や民俗学を勉強したり学生に教えたりしているしがない貧乏人さ』
「で、そのしがない貧乏人が何故僕らの状況を把握している?」
『こ、細かい話は後にするよ! とにかく君達がピンチなのは何となくだけど分かるんだ、頼む。……俺の話を信じてくれ』
「……」

 やや片言で始まる日本語が胡散臭い事この上ないが、セラはひとまずそれに従う事にした。

「神父様、ライトを!」
「え……!?」

 言いながらややぶんどるようにしてセラはミミューが片手にしていたトンファー型のマグライトを手に取った。スイッチを入れると、強力なレーザービームの明かりが暗闇に向かって伸び、窓に張り付いていたうちの何人かは悲鳴を上げてのけぞった。

「あああああぁあああ!?」

 目を押さえながらよろける村人達はその場で蹲ったり、それどころか踵を返して逃げ出したりする者まで出てきた。不意を突いたのが功を奏したようで、何人かは退ける事に成功した。

『どうだい?』
「……もしもし。アンタの言った通りだったよ……」
『そうだろう? 奴らは炎も弱点だ、と俺の研究ノートに記載がある。特性としては普通の人間とほとんど変わらないんだけど、とにかく束になって襲ってくるから厄介で……』
「――何でそんなに詳しいんだ? やっぱり、連中の手先じゃないのかお前」
『んだぁああ、もうっ!! 大人しく信じてくれよ、今は協力し合うべき時なんだから。ね? ね?』

 たしなめるようにして、電話口の男は言ったもののやはり怪しさは拭い去れない。

「ねえセラ君。さっきから話してるその人、誰なんだい?」
「……分からない。ロジャー、とか名乗ってる随分と胡散臭い男だ」
『胡散臭いって何だよっ! これでも結構名前のある学者なんだぞ、それに俺の知り合いには世界を救った九――ヒロ――……が……』

 また電波が悪くなり始めたのか、ザァザァとノイズが混ざり始めてしまったのが分かった。

「……ごめん、何言ってるのかほとんど聞き取れない。とりあえず電池が持たなくなるから、今は切ってもいい?」
『わ、分かった……けどお願いがあるんだ』
「何だよ」
『俺の弟と、その友人をもしその世界で見つけられたら、このスマホをそのまま渡してくれ』
「弟……?」

 ああ、と電話口で男が一つ頷いた。

『金髪で、年頃は十代半ばくらいの高校生だ。年齢よりちょっとだけ幼く見える。そしてその友人は、日本人で、眼鏡をかけた同じく高校生の少年……』
「はっきり言って僕らがこの村に来た時、村人以外に人間は見当たらなかった。それらしき人影もなかったよ」

 セラの言葉に、電話の向こうでロジャーは何を思うのか少しだけ言葉を詰まらせた。ややあってから、幾分か迷ったように言葉を続ける。

『――、あのさ。胡散臭いのを承知でもう一つだけ言うよ。俺が今いるのは、君達と違う世界なんだ。それは文字通りに――君がいる世界と平行して存在している、もう一つの世界、と言えばいいのかな……もっと馴染みやすい言葉を使えば、パラレルワールドっていうやつだ』
「……」
『君が今手にしているスマートフォン、とてもぼろぼろになっていないかな。……あっちとこっちじゃ時間の経過の概念も違うからね。偶然俺達の世界と、そしてまた別の世界。それらを繋いで、交信できる手段としてこのスマートフォンを俺が今居る場所から埋めておいたんだけど。やっぱり時空の歪には耐え切れずに一気にぼろぼろになったみたいなんだ』
「『俺が居る場所』から?」
『そう。君たちの今迷い込んでいるその場所こそが、今俺が電話をかけている場所と一致する。別の世界での、その場所なんだよ。スマートフォンを俺が隠したのは……、そうだな、部屋の隅っこがいいと思って置時計の裏に隠しておいた。そっちには何がある?』

 今しがたこの時計を置時計の裏から見つけ出した事を思い出し、益々たちの悪いイタズラか若しくは――、その馬鹿げた話を信じろって……? 別世界とまた別世界が繋がる場所? そんな……、とセラは思いっきり眉根を潜めた。

「とにかく今は忙しいんだ。今度こそ切るぞ!」
『お、弟と友達をよろし』

 く、の言葉が耳に届く前にセラはぶちりとその通話を切り上げてしまった。

「何だったんだい、その電話は?」
「……分からないです。信じていいのか悪いのか、今はまだ判断がつかないです」

 だが――思い当たらない節がないわけでも、ないのだ。

 セラは頭痛にも似た鈍痛がこめかみの辺りから走るのを感じ、気のせいだと言い聞かせてその首を横に振ったのであった。




別世界のロジャー氏のいる家が、つまりこの屋敷だという。
ネタバレになるのでこれ以上は言わない。



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