前半戦


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09-1.殺戮人形、始動



 遠く、雷の音……。

 それまで自分でも驚くくらい深い眠りについていたのだが、その音ですっかり目を覚ましてしまった――ナンシーはまだまどろみつつもベッドの上で目を覚まし、それからゆっくりと上半身を起こした。

「――……」

 夢うつつのままであったが、ナンシーはその研ぎ澄まされた勘が何かを察知したのに気がついた。それから、慌てずに飽くまでも冷静な面持ちのままで枕の下に忍ばせてあったグロック17にさっと手を伸ばした。

――何か……、

 部屋の中に、ハッキリと自分以外の気配があった。ナンシーはきょろきょろと見渡しつつもあえて、もう一度ベッドにもぐりこみ、その存在に気付かないふりをした。薄目を開けながら、ナンシーは少しずつ近づいてくるその気配の位置を必死に探り当てようとした。

「……」

 何だろう――話し声のようなものがする。

 何を言っているのかは全く聞きとれないが、ぼそぼそと囁く様な声。一体どこから聞こえて来るものなのか分からなかったが確かに、降り注ぐ雨音に混ざり何かヒソヒソと聞こえてくる。

 息を潜めその音を辿り、ナンシーはすぐにハッとなった。

――まさかベッドの下から……?

 それに気付いた瞬間、全身が総毛だってぞくっとした。ほぼ同時に、その気配が下から這い上がってくるのを感じたからだ。そうしている間にもその気配はベッドによじ登ると、多分トカゲみたいに四つん這いでこちらへ向かって身を進めて来ているんだろう。

 ハァハァという微かな息遣いと共に、その得体の知れない物体はゆっくりと近づいてくる。そしてナンシーの上に圧し掛かるようにしながら、両腕を動かして――やがてそいつの顔が自分のすぐ傍にあるのを感じた。不自然に冷たい風が、ふわっと頬辺りを撫でた。……そいつは、目の前にきっと、いる。

 そう思った瞬間にはナンシーは目を開けた。

「ちょ、うだい。からだ、ちょうだい……」

 そこにいたのはあの、オートマタのメイドだった。金色のロングヘアを揺らして、メイドはかくかくと壊れた時計みたいな動き方をしている。

 そして、実に焦点の合わないその不気味な目でこちらを見ていた。

「身体、ちょう、だい」

 もう一度、今度は幾分かはっきりとそう言った。

――何? なんなの、身体が欲しいって?

 その言葉の意味を理解する気にもなれず、冗談じゃないわとばかりにナンシーは枕の下に指先を滑らせる。同時に忍ばせていた手を銃と共にさっと抜きだすとすぐ目の前にある、メイドの額めがけてぶっ放した。

 銃声と共に熱を含んだ薬莢が飛び、自分の頬のすぐ横をかすめて熱かった。

 顔を吹き飛ばされたメイド人形からは、血の代わりに黄色い色のオイルと剥がれた皮膚代わりの装甲、砕けた機械片がぶしゃっと飛び散った。目玉の部分に詰められていたガラスの眼球が飛び出して、コロコロと足元を転がって行く。

「ア……カ、カラダ、クダサイ、――ギギッ」

 その声は、まるで伸びきって音程が狂ったテープを聞いているみたいだった。ナンシーは肩で息を吐きながら、コントロールを失ってよろよろとその場をさまようメイドの姿を見つめていた。

 割れた頭部は血も出ていないのに、人間のものよりよっぽどグロテスクに見えた――。



メイド汁ぶっしゃー!!
何かこの辺はブレードランナーに出てくる
ダリル・ハンナが演じてたレプリカントが
壊れる場面を想像しつつ書きました。
こえーよな、あのシーン。髪の毛逆立ってるしさぁ。
いい年こいて未だに思い出してチビりそうだわ。



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