前半戦


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08-2.デッドリー・ナイト



 全てに信用を置いているわけじゃないが(何せまだ会って一日そこらなのだから)、この短時間で少しくらいはお互い印象が良くなっているのではないだろうか? 少なくとも、こちらはそうなのだが――いやいやよく考えすぎか?

 昔から自分はよく、他人から「もっと人を疑え」と称される事が多い。良く言えば純粋。悪く言えば馬鹿という奴か。

 でもまあ、疑ってばかりの奴よりは、少しくらいマシな気もするんだけど駄目なんだろうか。甘いんだろうか。

「……雛木ちゃんよ」
「何?」
「お前さん、この戦いが終わったらまた有沢と追っかけっこする気か?」
「……。そりゃそうでしょ? 向こうは復讐に燃えてるんだしね」
「せっかく、これからは人を食べなくて済むかもしれないのに?」

 心持、落ち着いた様子で創介が尋ねかけると雛木は少し複雑そうな顔をする。思いがけず優しくされて、受け入れようか受け入れまいか迷っている風な具合に。

「――僕が謝れば済むワケでもないでしょ。例え僕がこれから人を食べなくなったとしても、僕が過去にやった罪は消えないし?」
「そらーそうだべ。だからさ、罪を償って、心を入れ替えて生きるとか? その力を利用してさ。いっくらでも更生する手段はあるでしょ」
「はっ、くっだらな〜。僕そういうのきらーい、だるーい。一度踏み外した道だもん、それなら最後まで僕は悪いままでいいよ。そういう、言い訳がましいマネするの死んでも嫌だね」

 まあ、ある意味潔い、というべきなのか。こいつの罪を賛美する気はこれっぽっちもないがその姿勢には別の意味で驚かされてしまうものだ。何と言葉をかけたら正解なのかよく分からない、確かにここでじゃあハイ反省します、などという流れになっても都合が良すぎるというものだし、だからってこう開き直られるのは益々良くないのだろうし。

 創介が先に続く説得の言葉の筋道を見失ったよう、考え込んでいると。雛木が壁にさっと背中を張り付ける姿勢になったかと思うと、自分にも身を低くする事を促して来た。

「んぁ……?」
「しっ。今のヤツ、多分地下に消えてった!」
「地下に?」

 声を潜めながら問い掛けると雛木が幾分か緊張した様な面持ちで頷いた。

「――どうも、一人じゃなさそうだね……めんどくさっ」
「マジで」
「ああ。……おいお前、武器は持ってきた?」

 いや、と創介が首を横に振った――「だってトイレのつもりだけだったし」。雛木が少々ばつの悪そうな顔をした。親指の爪を噛みながら、やや忌々しげに呟くのだった。

「そうかい。なら正面から殴りこみになったらちょっとマズイな……」
「ぼ、暴力反対っす……」
「でもそうなっちゃうかもしれないでしょ。……しゃあないな、何か武器がわりのもの探すか」

 言いながら雛木が横手にある、ゴシック式の扉のドアノブに手をかけた。扉に耳を押し当てて、中に誰もいないのを感じ取ったのかやがてノブへと手をやった。どうやら嗅覚だけでなく聴覚も発達しているらしい――雛木は躊躇することなくその重たい扉を開ける。

「何かあればいいんだけど……――っ!?」

 部屋の中を見て雛木が一瞬だけ声を詰まらせた。

「なに……?」
「――何だ……、これ」

 雛木の横から、創介が慌てて顔を覗かせた。同じように――、いや雛木以上に、創介は慄いた。

「ひっ!?」

 部屋中のいたる場所に……、壁という壁にかけられたのは腕やら脚など、人間のパーツだった。

「ほっ、本物!?」

 その匂いを隠すため……だろうか? 部屋の中からはわざとらしいくらいの、芳香剤か何かだろう、薔薇の花のような匂いがぷんぷんと立ちこめていた。

 部屋の中央、まるでハエ取り紙のように天井から巨大なフックで吊り下げられているのは――両腕の無い人間の上半身だ。男のも女のもある。創介はぐっと口を押さえて吐き気を必死で我慢した。こんなとこで吐いたらマズイ、とてもマズイ。誰か来たらすぐに怪しがられてしまう。

「そうそう、それ正解〜。頑張って耐えてね」
「うっ……うう、わ、かってるぅ……うぐッ」

 まなじりに涙を浮かべながら創介はぎゅっと唇を引き結んだ。雛木はそれらの光景にも物怖じすることなく、その中へとずんずんと突き進む。一見するとマネキン人形にしか見えない物体X達を見渡しながら、雛木は首を傾げる。

「何だろう――、一体。何の目的でこんな事を……単に食べるだけに保存してあるのかな。いや、それにしちゃあ随分と丁寧だよな。食材ってわけでもなさそうだ、綺麗にパーツごとに切り分けてあってさ……」

 淡々と説明を進めるのだが、それを聞いているだけで益々吐きそうになってきた。

「お、俺もう無理ぃい〜……おぶっ」
「なら目ェ瞑っててよね。ついでに鼻も塞いで」

 雛木は全然動じたこともなく、やっぱりマイペースにきょろきょろと室内を見渡しているのだった。


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