前半戦


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08-1.デッドリー・ナイト



 それにしても何て不気味な夢だったんだろうか……いやはや、まだ心臓が悪い意味でドキドキとしている。生々しい泥水の感触や、あの何ともいえぬ悪臭が思い出せそうで思わず吐き気がした。

 夢といえど、強烈すぎてしばらく忘れそうにない。

 創介はその豪勢なベッドの上で目を覚まし、夢だった事にまず改めてほっと胸を撫で下ろした。が、それが正夢かもしれないと思うと再びモヤモヤとしてきて落ち着かなかった。最高に寝心地のいいはずのベッドで、何故こんな思いをせねばならない……ふと、創介はぶるっと下半身に違和感を覚えた。

 とどのつまり、尿意を感じた。ああ、妙に落ち着かないのはこのせいもあるのかも……と自分を無理やり納得させベッドからそっと降りた。

 隣には、セラがすやすやと静かな寝息を立てているのが見えた。

――うーむ、これがナンシーちゃんだったら最高のシチュエーションなんだけども……

 いつも通り馬鹿な事を考えながらセラの安らかな寝顔を見下ろし、何の気はなしにしばし観察してしまった。長い睫毛を伏せて静かに眠るそのあどけない寝顔は、性別を男にカテゴライズしておくのは少々勿体ないと思える顔立ちをしている……気がした。

――こいつって結構可愛い顔してんだよなあ〜。顔も幼いし、見ようによっちゃ中学生くらいの女の子に見えなくもないし。これでもっと愛想があればな……

 じーっとその顔を見つめながら何だか自分が危ない世界に片脚を突っ込みかけた気がして、その邪念を振り払うようにブンブンと首を振った。おかしな夢と、まどろんだ脳味噌にやられたか。

 そもそも、中学生の女の子という発想からしてバカチンだ。

「あっ、あかん! 何考えてるんだ俺は。これは男、男、男っ」

 この状況下、いくら女の子ちゃんと性的なスキンシップを図れなくなるからって間違いを犯すのは良くないぞ、と創介は自分の頬をバシンと平手で軽く叩いた。そうだ、そうだ、あんな夢を見てしまったのもあってか少々気が立ってるに違いない。絶対にそうだ。

「――あー、一人で何やってんだか。アホな事ばっか考えてないでさっさとションベンしてこ……」

 で、急に虚しくなってきたので耐え切れずに頭をボリボリと掻いてから、創介はよっこいしょと立ち上がる。

 トイレには何度か行ったので、その場所は既に覚えていた。迷う事無く辿り着き、さっさと出し終えて。
 それから、手を洗っていてふと気がついた事があった。

 凛太郎がさっき『鏡を見るなよ』と脅かしてきた出来事を思い出すのと同時に、気付いてしまったのだ――何でこの手洗い場、鏡が外されてるんだ?

 元々無いわけじゃないように思えた、意図的に外してある痕跡がある。

「……」

 鏡を外す理由……色々と想像が働いて、何とも不気味になってきた。あまり深く考えない方がいいのかもしれない。

――畜生、あのオチビちゃんめ……変な事言うからちょっと怖くなってきたじゃねーか

 トイレを出て廊下に出た時、何故か不意に恐怖が込み上げて来た。行きはよいよい、帰りは怖い。
 ここへ来るまでは、あの夢のせいで頭がボンヤリしていたのと、それよりも尿意のせいでそっちに気を取られるあまり気にはならなかったのだが、頭が冴えて来るのと同時に不気味に静まり返った屋敷内の恐怖を骨の髄まで思い知らされた。

 ただっ広い屋敷に、夜中に徘徊なう。いや怖い、怖すぎる。まさかの魔界潜入スペシャル的なシチュエーションに改めてぞっとしてしまうのだった。

――く、くそ。こえーな、この野郎……

 そそくさと足を踏み出すと、どこかで不審な物音がした。正体は外の風の音なんだろうが、それは無駄にエコーがかかって、こちらの耳に響いて来た。
 怖い怖いと思うその真理こそが、恐怖感を一層倍にしているとは分かりつつも、でも怖いもんは怖い。

「ううっ……」

 あまり見渡さないようにはしたのだが、ふと視線を動かすと、薄気味悪い肖像画と視線が合ってしまった。いや気味が悪いなんて言うのはそのモデルになった人に失礼なのは分かっているのだが、こんな暗がりで目が合うと流石にちょっと怖い。

 貴族風のドレスに身を包んだ女性の絵画で、正面向きの絵の為にイヤでも目が合ってしまう……。

――き、綺麗なお姉さんは好きだけどちょっとこえーなあ……この状況では。あー、もう駄目だすっごい怖くなってきた……そうだ、OLのお姉さんが迫ってくる時の妄想しよう! 眼鏡で知的なスーツ姿のRioがめちゃくちゃエロく迫ってくる、眼鏡で知的なスーツ姿のRioがめちゃくちゃエロく迫ってくる、眼鏡で知的なスーツ姿のRioがめちゃくちゃエロく迫ってくる……

 怖くなってきたらエロい事を考えれば緩和される、と前にテレビで誰かが話していたのを思い出し創介は好みのAV女優で必死に扇情的なシチュエーションを思い浮かべてみる……。

 ようやくいい感じに持ち直して来たところで、それをブチ壊すのは廊下の突き当たりに消えた不気味な人影だった。

 思わず情けない声を洩らしかけたが、声は何故か喉の奥に引っ込んでいくように消えていってしまい、悲鳴は上げられなかった。その人影はこちらを見るなりスー……っと奥へと消えて行った。

――い、い、今の何だろう? えーとえーと、多分この屋敷の住人だよな!? うんうん、生きた人間今のは生きた人間生きた人間……!

 そういえば何かに気付いても追いかけるな、とあのクソ生意気なチェリー坊やが言っていたっけ……と創介がごくんと唾を飲んだ。

「ま、まあフツーに考えりゃぁここの住人だわな……と、取り立てて俺が追う必要は無いよね? ていうか生きた人間だしな!」

 だが、何だかおかしかった。消えて行った人影は、奥へと移動する前にほんの一瞬立ち止まってこちらを見つめていたようなのだ。それで創介の視線と目が合ってから、初めて動き出したように思えた。

 一言声をかけてくれてもいいのに……、まるでこちらを監視するように――あぁ、もう、気味が悪かった。

――どうしよう、追うべき、なのか?

 今しがた暗闇へと消えて行った人物は一体誰なのだろう……生々しい夢の内容も重なって、何故だか急速に気になりはしたが、やはり恐ろしいのが本音だ。ぶるっと身震いしながら創介はもう一度その暗闇を見つめた。

「おい」

 ふと、声と共に背後から肩を掴まれた。

「ア゛ッ☆@*L+〜ンンっ!?」

 まばらな単語を喚きながら創介は声にならない声を洩らした。身をよじらせながら創介はその場に腰を抜かす。ゾンビでもうビックリ耐性は結構ついたはずなのに、やっぱり怖い。慣れません。

「――僕だよ」

 ふう、っと呆れながら冷たい視線でこちらを見下ろしているのは……やたらエロイと評判の、裸体に包帯のみのコスチューム――雛木少年だ。

 雛木は腰に手を当てながらやたらと高慢な態度で、相変わらず女王様みたいだ。横髪をもう片手でバサっと鬱陶しそうに払いながら雛木はふんっと鼻を鳴らした。

「ひ、雛木くんかぁー。や、やあ。散歩?」
「……今の人影、気になるよね。僕もおんなじ」

 そう言って雛木は小首を傾けながら、そのセラに負けないぐらい長い睫毛に縁取られたお人形さんみたいな両目を細める。

 セラがちょっと垢抜けないんだけど、そこがまた十分に可愛らしい清楚さに溢れたお嬢さんだとしたら対する雛木は俗に言うブリッコちゃんで、自分の可愛さを理解している小悪魔なお姫様といったところか。セラにはない魔性めいた妖艶さが、雛木にはある。

 まぁいくらアイドル顔負けの可愛さがあろうと、コイツだけは問題外だが、性格的な意味で――と創介は心の中で密かに思っておいた。
 でもまあその性格も、この状況下では結構頼りになりそうな気もする。ちょっと心強い仲間を得た気分です。ボク。

「みんな気付いてるのかどうか分かんないけど……この屋敷、多分僕らを素直に帰してくれるとは思えないね」

 雛木が辺りを静かに見渡しながら、いやに物騒な事を言うのだった。

「……え……?」
「ほら、初め変な紙袋被った集団と、黒いローブのじじいと会っただろ?」

 うん、と創介が疑いもなく頷いた。

「まずあの紙袋。アイツらと、この屋敷の人形。――おんなじ匂いがした」
「え゛っ……」
「ついでにローブのじじいと車椅子のじじいも同一人物、だろうねー。何で変装するのか分からないけど大方、外の奴らに顔でも知られたくない事情があるのかね。匂う匂う、クセェったらありゃしないね」

 雛木が先陣を切ってつかつかと歩きだした。

「え、ちょ――じゃあ、あの紙袋被った不気味な団体の中身が可愛いメイドさん集団だったと?」
「多分、な。一緒かどうかは分からないけど、少なくともおんなじ種類の人形達だったんだと思う」 

 この暗がりを、雛木は恐れることなどないように堂々と歩くのだから創介も心強いやらさっきまでの自分のへっぴり腰が情けないやらで、どうにも複雑な心中だ。

「あ。話は変わるけどね」

 ふと雛木が足を止めてくるっとこちらへと振り返った。何だかさっきから不機嫌そうな口ぶりなのは気のせいだろうか。まあ元からお高くとまったような喋りをする奴ではあるのだが、それを抜きにしてもイライラしてる気がした。

「お前さ、あのオカッパの事どう思ってんの」
「は? おかっぱ?……あぁ、セラか。ってありゃオカッパか? まぁいいけど……。どう思ってるかってぇ〜?……何でまた? 何の質問ですかね、それは」

 そこで雛木は面倒くさそうに頭を掻いたのち、ふっとまたため息を吐きだした。

「いや、どういう関係なのかなーって。気になったんだ、何か変かよ?」
「あ、ああ……そういう、こと」

 創介の中でもタイムリーな話だっただけにちょっとだけビクついてしまった。大げさに怪しんでしまったが変には思われなかっただろうか……。

「僕としても敵は減らしておきたいしね」
「敵ぃ? 何の」
「べーーーーっつにぃ」

 雛木は相変わらず斜に構えた態度でこちらを突き刺すような言い方をしてくる。

 だが、その口ぶりというか態度というか、初期の頃は感じられたようなあのヒトをヒトとして見ていない、養豚所の豚でも見るようなあるいは食材の見定めでもするような目つきは無くなっている。それに、会話の節々にもどこか人間味が幾分か感じられるようにはなった……、気がする。




幽霊はエロい事が嫌いってよく聞くね。
あと煙草の煙もイヤだって聞く。
えろい事、つまりセックヌだろうけど
何故嫌かというと生に直結する行為からだとか聞いた。
でもラブホって心霊話多いよな〜
幽霊ってどうやったら倒せるんだろうね。
塩にぎってパンチは駄目なんやろか?
物理攻撃通じんから無理やろか。



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