06-4.飲むなら吐くな・吐くなら飲むな
ひと悶着あったが、やがて部屋に戻ってから早速のように凛太郎は部屋の中を漁り始めた。
「何してるの? 凛太郎」
ベッドに座っていた一真が不思議そうに尋ねる。
「罠が無いかどうか調べてる。ついでに、隠しカメラとかな……窓ガラス覗き込んだら急にギロチンの刃が上からどーーん!!……とかな! そんなお約束B級ホラーな目に遭う馬鹿に、俺はなりたくないんでね」
「ふーん……」
飽くまでも彼は本気も本気、真剣そのものである。傍から見れば言っている事と共におかしな光景だが一真は黙って騒々しい兄のやる事を見守っていた。
「畜生ー、しかし腹の虫がおさまらねーな。あの色ボケ男め、いっぺん泣かしてやろうか……おっ」
ブツブツ言いながら凛太郎が上質そうなその戸棚から見つけ出したのは一本のワインボトルだった。
「なあに、それ?」
一真が後ろから問い掛けて来る。凛太郎はボトルに貼られたボロボロのラベルを見つめながら何やら驚いた顔をした。
「うわっ。これ、めっちゃめちゃ高い酒だ。ほら、一郎兄ちゃんも自慢してた事あったよ!」
一郎とは、かつて二人が暮らしていた屋敷の長男坊だった男だ。上品ぶっちゃいたが中々気の短い奴で、男としては器の小さい奴だなとみんな思っていた。それでいつもルイさんに言いよっては、迷惑そうな顔をされていた小物みたいな奴……。
一真が思い出せるのはそんな一郎の情けない姿ばかりで、凛太郎の言うような光景が思い浮かばない。
「そうなの? 僕、覚えてないなぁ」
「……ちょっと飲んでみるか、コレ」
にっと生意気そうな笑みを浮かべて凛太郎がそのボトルを見つめた。ぼろぼろになってところどころ剥がれおちたラベルは、もうほとんど掠れていて字が読めない。
「駄目だよ、人の家のものだよ……勝手に飲んだら泥棒だ。それに僕ら、未成年だもん」
「ならお前は飲まなきゃいーだろ。その代わり、今晩のお仕置きは無しかな」
それで一真が不満そうに、子どものようにその口を膨らませるのだった。
「……なら飲む」
ちょっと俯きながら一真が渋々といったように答えた。
「よし。それに酔うと気持ちいいぞ、頭がふらついて。アホなお前にはぴったりだ」
その言葉に一真が途端に反応したみたかった。ぱっと顔を輝かせながら、一真が満面の笑顔を浮かべる。
「ほんと!? なら、たくさん頂戴!」
「よし。じゃあ濃いーーーの入れてやる。酔ったらいい感じにテンション上がってくるからそのムラムラをキープしておけよ」
凛太郎は何の躊躇も無くその蓋を開けると、グラスに持参していたミネラルウォーターと共に注ぎ始めた。氷が無いのが残念だが、まあ文句は言っていられない。それに味見するだけなんだ、何も本格的に飲もうってんじゃあない。
一真はたくさん欲しいと言ったが二日酔いにでもなって明日ふらふらしても困るし――とか何とか言いつつ、凛太郎はそれが人のものであるという事を構いもせずにドボドボと酒を注ぐのであった……。