前半戦


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06-1.飲むなら吐くな・吐くなら飲むな



「……お! よっしゃあ、上がりぃ〜」

 豪勢な部屋の中、三人はミミューが持参していたという(!)トランプで盛り上がっていたのだった。

「いやー、久々にやると案外楽しいもんだね。馬鹿にしたけど結構熱くなったわぁ、俺」

 ミミューとタイマン状態であったが、先に創介が上がったらしい。ちなみにババ抜きをしていたのだが、セラは早々に上がってしまった。

「でしょ? 人生ゲームと迷ったんだけどさすがにあれは邪魔だったからやめといたよ〜」
「……まぁそれで正解だっただろうな……」

 冗談なのか本気なのかよく分からないが創介は曖昧に相槌を打っておく事にした。創介がトランプを手の中で掻き混ぜながら呟いた。

「次何する? あ、そーだ! 何かペナルティつけようぜ、そうじゃなきゃ面白くねえよ。うーん……あ、そうだモノマネな! それいい」
「うええ、モノマネ!? えー、困ったなあ……。セラくん、二回戦は罰ゲーム有りだってぇ〜」

 早々と上がってしまったセラはその輪から離れて、ぽつんとベッドに座っていた。考え事でもしていたのだろうか、その声にはっと気付いたらしく顔を上げた。

「……え? 何だって、何か言った?」
「二回戦目だよー、二回戦」

 創介がトランプをシャッフルさせながら呼びかけた。

「あっ。どうせならみんなも混ぜない? だってモノマネだよモノマネ。見たくない? 特に真面目そうな有沢くんのモノマネとかさ」

 ミミューが創介に提案すると、創介がしばし考え込むように唸り声を漏らした。

「うーむ……それは確かに興味あるな。セラ、隣の部屋行ってちょっとアイツら連れてこいよ。ついでに双子どもも。ナンシーちゃんはさっき断られたから多分無理」
「……創介だったから断られたんじゃないの」
「あ、なるほど〜、そうかそうか……って、おいっ!」

 創介が突っ込み切る前にセラはさっさと部屋の扉を開けて行ってしまった。バタン、とその扉が閉まりきってから創介がため息交じりにミミューの方へと向き直る。

「何っっかさっきから冷てぇんだよアイツ……俺なんかしたかな……、あ、でも元々冷たくしてたのは俺の方だからな」
「? そうなの? そういえば二人ともクラスメイトなのに何だかついさっき仲良くなりました、っていうか……元は一緒に行動とかしてなさそうだよね。というかタイプも全然違うし」

 まあ正反対なのは誰の目から見ても明らかなのだろう。創介はしつこくカードを切りながら、うん……とやけに力無く頷いた。

「元々は親しくなかったんだ。……つーか俺が避けてたっていうか……あ、ここだけの話にしておいてね」
「避けてたぁ? そりゃ何でまた……仲悪かったの〜?」
「うーん……まあ、コレに関してはもっと神父と仲良くなったら話す事にする……」
「えッ!? 僕達って、もう十分仲良くない?」
「いや、まだ。俺、最低でも一年は一緒にいないと心開けないんだよねー、こう見えて結構シャイでさぁ〜」

 そういえば創介は友達が少ない事を公言していたがそのせいもあるのだろうか。創介がそう思っていないだけで向こうは友達だと認識していたのだとしたら、何ともまあ不憫な事であるが……。




 セラはナンシーの部屋をノックしたものの、返事が無かった。これで、セラは彼女に無視されたんだな、と結論づけた。が、実際ナンシーは疲れて眠っていただけの事だったのだが既にスッピン状態の彼女は例え起きていたとしても姿を現す事は無かっただろうが……。

 それで次は有沢の部屋を叩こうとした。叩く前に、扉がうっすらと開いていたので少し驚いた――これは、いささか不用心すぎやしないだろうか? 中に入って警告でもしてやろう、とセラはそのドアノブを握ってそっと扉を開けた。

「……有沢」

 言いながら中へと足を踏み入れると室内はうっすらと明るい。

「有沢?」

 明らかに人のいた気配はあるのに、有沢がいないのでセラは不審に思いつつ足を進めて行く――多少の嫌な予感を抱えつつ、セラは腰にさしてあったオートマグに手をかけながらゆっくりと広い室内を見渡す。そういえば雛木の姿も見当たらない……、実のところ、まだ雛木の事は信用できなかったのもある。

 セラの胸騒ぎと警戒心はいっそう、色濃くなったのだった。

「……」

 ふと、中央にさしかかった時、微かな寝息を耳にした。

「……?」

 ベッドの陰に、座りこむ人影が見えた。息を殺したようセラが近づくと、背をもたれさせて眠っている有沢の姿があった。
 その手には日本刀が抱きかかえられたままの状態で、座ったまま有沢は静かな寝息洩らしている。

 ベッドで眠ればいいのに――と思いながらもセラは安堵からか口元に微かに笑いが零れた。安心したのでそのままそっとしておいて戻ろうとした矢先に、有沢が呻り声を上げた。

――何だ、うなされているのか……?

 思いながらセラは足を止め、ふっと振り返った。有沢は実に寝苦しそうに、眉間に皺を寄せている。おまけにその額には脂汗が浮かんでいるのが見えて、セラはさすがにこれを放ったまま行ってしまうのはどうか……と思い始めるのだった。

――起こすべき……、だろうか?

「う、……ん」
「――おい、有沢」

 セラがしゃがみこんで有沢の肩を揺り起そうとする。

「あり……」
「――うわああぁああッッ!!」

 遮るような絶叫と、抜刀術。セラが訓練していない、ごくごく普通の人間であったならと思うとゾっとする――これが創介じゃなくて良かったかもしれない……セラは瞬間的に慌てて身を引いていた。
 刀の恐ろしく冷たい刀身が首筋のすぐ横を通り抜けていた――間一髪でその刃をかわしたのに、何故だかその冷え切った温度がハッキリと頬に伝わってきた。

「――ぁ、はぁ、……ッ」

 有沢は荒く呼吸しながら、まだ悪夢から抜けきらないのかこれが夢であるのか現実であるのかよく分かっていない様子だった。刀を片手で構えたままに、有沢はがくがくとその手を震わせていた。

「有沢……僕だ」

 絞り出すようなセラの声にようやくここが現実だと、気がついてくれたようだった。しばらく震えていたのちに、ややまどろみつつも有沢は自分のしでかした事の恐ろしさを悟り、その刀を落とした。

「あ……――お、俺は」
「――大丈夫。大丈夫だったから……」

 有沢が自己嫌悪からか愕然と震え出すのをセラが慌てて制した。

「す、すまない、お、俺は……俺はあと少しで……何という事を――」
「平気だよ、僕は何ともない。だから、しっかりしろ」

 髪の毛を掻き毟る有沢の肩を掴みながら、セラが強い口調で言った。

「もう気にしてない――平気だよ。……寝込みを襲わせないために今まで一人で戦ってきた証拠だ、でもこれからはそうしなくてもいい。寝る時くらい、刀は置いてゆっくり眠るといいよ」

 自分でも驚くぐらい優しい言葉だと、言いながらセラが思った。どうしてだろう――としばし考えたが、有沢とは何となく境遇が重なったせいもあるのだろう。だからこそ、こんなに気遣った言葉がかけられたに違いない。

 その言葉は確かに幾分か、有沢の固く閉じた心の隙間に入り込むことが出来たらしく、有沢は落ち着きを徐々にだが取り戻し始めたようであった。

「……、ありがとう」

 小さな声でやがて、そう言った。

「ああ」

 セラが軽く笑い答えた。そこで何となく、沈黙が訪れた。不思議と、気まずいとか、居辛いなんていったイヤな沈黙では無かった。

「なぁ」

 自然とセラが口を開いていた。有沢が無言で顔を少し持ち上げた。

「その……、雛木、とは――ずっと?」

 変に濁した言い方で、セラが尋ねた。それから息を吸って再び口を開いた――「ずっと、戦ってきたのか?」。

 有沢はややあってから、静かに頷いて、それからうっすらと唇を開いた。

「……ああ。かれこれ、五年くらいかな。――いや、もう忘れたよ。とにかく、アイツに友達も家族も奪われて。その復讐を誓ったのが、確か十七の時」

 そこで有沢がふうっと息を吐いた。

「――その目、自分で?」

 少し迷ったが、セラが不思議そうに尋ねると有沢は少しばかり自虐的に笑う。赤い布をそっと片手で押さえながら有沢が呟いた。

「ああ。……その時、ちょうど机に入ってた彫刻刀で。立てて置いて、固定させてからそこに顔ごと突っ込ませた」

 彼は淡々と話したが、それを想像してみてセラは背筋がぞっとしてしまった。それはもうこちらの想像が追いつかない程の痛みだろう――ぶる、っと身震いがする。

「い、痛くて途中で嫌にならなかったのか……?」

 子どもみたいな質問だな、と思いながらも聞かずにはいられなかった。その思いを悟られたかのように、有沢が少しばかりポカンとしていたがすぐにくすっと笑った。

 何だかそれが気恥しくもあって、セラはちょっとばかし赤面した。

「そりゃ痛かったけど――でも、それよりもまずアイツの魔力から逃れたくて仕方なかった思いの方が勝っていたよ。……それに、こんな痛みくらいは死んでいった人間の事を思うと大したことないって思えたから」
「……」

 それでもセラにとっては信じ難い話であったし、そりゃあ見よう見まねの格好だけかもしれないが武道を重んじる者として多少の痛みくらいは耐えられるが――自分で目を突き刺すなんて、また別次元の話だ。

「何か……凄いよ、それって」

 思わず零れた言葉だったが、これもまた随分と子どもじみた感想だと、言いながらセラは思っていた。

「――セラ、といったよな? 名前」
「……ん? ああ、そうだけど……」
「お前には、家族が?」

 それでセラは微かな、本当に小さなため息とも取れるような笑い声を零した。

「いや」
「……そうか。なら、俺もだ」

 詳しく聞くような事はせず、有沢はそれだけを言い優しく微笑むのだった。

「……」

 そんな二人のやり取りを眺めるのは、ベランダの雛木だった。彼は外の様子を見るために一旦は屋上へと行っていたみたいなのだが、屋根伝いに降りてきて今しがたここへと戻ってきたようである……まるでスパイみたいな動きだ。

 雛木は腕を組んだままの姿勢で、二人の雑談する姿を、どこか複雑な思いで眺めるのであった……。



あり(さわ)のーーー ままのーーーー
姿見せるのよーーーー



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