前半戦


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05-1.貴女の上には只花ばかりが



ベッドの上で一真が枕を抱き締めながら呟いた。

「ねえ凛太郎」
「……」
「似てたね」

 やはり二人の間で真っ先に上がるのは、その話だった。この屋敷の造りそのものも去ることながら出迎えてくれたあの女性も、老人も。

 思い出すのはあの屋敷での懐かしい面々だった。あのただっ広い屋敷の中、唯一のメイドであった女性の名はルイといった。

 美しく、聡明なひとだった。静かで、何と例えればいいのやら澄んだ水のような人。一点の穢れも無い美しい魂に穏やかな仕草、あるいは優しいその言葉が、彼らだけじゃなくて皆の憧れだった。

 自分達に母はいなかったが、もしいるとしたらこんな人がいいなあ、なんて思ったりした事もあった。今にして思えばその気持ちが恋、とかいうソレなのかもしれない。彼女は二人よりはうんと年上で、具体的な年齢は謎に包まれていたがとっても綺麗な女性だった。肩より下ぐらいにまで伸ばされた黒い髪、目元の泣きボクロ、背はどちらかと言うと高く全体にスリムな印象の身体つき――それで、そんなルイもまた、地下での虐待ショーの生き残りであった。

 だが、彼女は他の子達とは少しだけ違っていた。

 美しかったルイはショーの発案者であるジジイの特別なお気に入りだった。すぐ傍で、奉仕する役割だったのだと言う。んで、そのステキな御奉仕の内容は、知りたくもなかったので知らない。只知ったのは彼女もまた被害者のうちの一人であるという拭いされない悲しい事実だけだ。

 だけれども、彼女はみんなに好かれていた。みんな、彼女が好きだった。けどそんな彼女はもういない。自ら望んで、その命を絶ってしまったルイは今この世にはいない。たった一人の家族だった弟を守る為に、静かに、ただその世界から消えることだけが彼女の望みだった。

「ああ――、それだけじゃない。車椅子のジジイも、似てた。あの思い出したくもねえクソ変態ジジイにさ」
「うん……、そうだね。単なる他人の空似ってヤツだとは思うんだけど」

 きっと、一真も今同じ事を考えているのだろう。恐らく、ルイの事。そう、ルイには、弟がいた。彼女の容姿をまるまる受け継いだ美少年だったが、彼も凛太郎達と同じ過去を抱えた『生き残り』同士だった。名前をナオといって、吹けば飛びそうな儚げなヤツだった。綺麗な顔立ちにはまだ少年の面影が残っていて、いつも伏し目がちにしているのが印象的だ。

 おんなじ境遇を辿ったとはいえ、ナオとは特別仲が良かったわけでもない。というのも、ナオ自身があまり他人に対して興味を持っていなかった。他人は愚か自分にさえ無関心なのだから、驚きだ。

 そうだ、容姿こそは姉と似ていたくせに中身は面白いくらいに反対だった。姉の方もそりゃあ明るくて社交的、とは言わなくとも皆に平等に接する慈愛に満ちた母のような存在だった。

 が、ナオの方はというとこれがまた自らの幸福を遠ざけるような生き方をしていた。彼の生きる理由なんてのはごくごく限られていて、それは唯一の家族である姉のためであり、そして血の繋がりは無いのにどういうわけか兄と呼んでいたあの男の事。本当にただ、それだけだった。それ以外の事に関してはことごとく投げやりで、ただただ無気力。

 元々そんなヤツだったのか、それとも過去の経験が彼をそう変えてしまったのかは分からない(ここは自分達とお互い様だな、と凛太郎は思う)が自分の事に関しても身なりなどの最低限の事以外は無頓着な男だ。

「ナオか……いたなぁ、そんな奴も」

 独り言のようにボソリと呟けば、たちまち並んで歩く二人の姿が思い浮かんだ。連れ添う二人は絵になるくらいの美しい姉弟だったが、そんな彼らは今思うと極めて奇妙なバランスで保たれていたのだ。



 いつでも寄り添いあうように、呼吸を合わせるように、彼らは排他的に二人だけの世界を生きている。全ての感情を他にくれてやって生きている弟と、そんな弟の幸せを願ってやまない姉。最後まで報われない姉弟だった――二人の姿をいつしか凛太郎は自分と一真に重ねていた。

「みんな元気かなぁ」

 一真が不釣り合いなほど明るい声でそう言った。本当に昔を懐かしんでいるような口ぶりであった。みんな、というのは一体どこまでを含むのだろうか? 疑問には思ったが凛太郎は何も言わずにベッドに伏せたまま、あちらへ向いていた。



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