03-2.因果・因果・因果
一同は再び声のする方へと足を進め始めた。ふと、一人が何かに気がついたらしく足を止める。
「あ……れ」
そう言ってライトで指し示した先にいたのは――……座り込んで、顔を伏せて泣いているどうやら少女の様であった。少女はこちらには背を向けて、その華奢な背中を震わせている。
「……」
一瞬目を疑ったが少女が身につけているのは何と裸身に包帯のみだったので、コレには別の意味でぎょっとしてしまった。
少し解れかけた包帯を胸部と、下半身に巻いただけの状態で、それ以外は何も身につけていない……。
「ね、ねえ」
一人が声をかけたので、驚いて別の男が止めに入ろうとした。そりゃそうだ、こんなおかしな格好をしているんだぞ。それも夜に、たった一人きりでこんな山奥――常識じゃあ考えられないだろう。
少女はそこで泣くのをぴたりと止めた。
「――君、どうしたの。こんなところで」
「お、おいやめとけ……」
仲間が止めるのにも関わらず、彼は声をかけ続けた。実にありきたりな表現だが、まるで何かに取り憑かれたみたいであった。彼は仲間の声には全く耳も貸さずに少女の方にばかり気を取られている。
「ねえ、君? こっちにおいでよ」
少女はゆっくりと、顔をこちらに向けた。
その顔がもし化け物だったり、のっぺらぼうだったりしたらどうしようと構えたものの、そうでない事にまず安堵した。いや、それどころか……この上ない美少女と来ているのだから、それまで警戒していた仲間達も一斉にふつふつとその忘れかけていた欲望が煮えたぎってくるのを感じた。
悲しいくらいに男である、こんな時であろうと欲望に忠実なのが男というものであった。
「……貴方達は?」
その絶世の美少女はまだ少し涙に声を震わせつつも、はっきりとそう言った。
「危ないよ、女の子がこんな場所に一人で」
最初に声をかけた男は、もうすっかりこの美少女の虜になってしまったに違いない。初めに声をかけたものの役割だと言わんばかりに嬉しそうに少女へと近づいた。
「女の子?――僕は男だよ」
少女……だと思っていたその少年が、今度はハッキリとした声でそう言った。
「あ、そ、そうなの。それはごめんね」
だがこの美貌を前にしては男だろうがもはや関係ないらしい。間近でその顔を見れば、その美しさの前には年齢だとか性別だとかの区切りはアホらしくなってしまう。
潤んだ淡紫の瞳に、まるで骨の様に白い全身の肌の色。全体に折れそうなほどに細いその身体つきは、いまにも壊れそうでいて儚い。まだあどけなさの抜けきれないにも関わらず、これほどまでに凄絶で、妖艶な少年など見たことがなかった。
その場にいた全員が、既にその少年に釘付けになっていた。……恥ずかしい話だが男相手にどぎまぎしていた。
少年が立ち上がると、その今にも解けそうな包帯の端が闇夜に揺らめいた。少年は蒼白い月を背にして、まるで幻影の如くフっと微笑んだ。手を差し伸べる男に向かって、妖しげな視線を寄越す。
「な、なんだい」
「……僕を助けてくれるの?」
少年が猫撫で声で言い、その枝のように細い手を男の肩にそうっと乗せた。少年の手つきはまるで男の何かを探るかのように、それでいてどこか妖しさに満ち溢れていた。腕から肩へと、その線をなぞり上げる様に少年は手を滑らせて行く。
やがてその手が、指先へと変わり男の首筋をそっと撫でた。男がごくんと唾を飲んだ。
「たた、助けるよ、そりゃ勿論。車、あるからさ。乗って? いいよな、みんな」
勿論、答えは満場一致で鼻の下を伸ばしながらのオッケーだった。――少年が、その炎のように赤い舌をチロチロと覗かせて舐めずりをした。まるで堕天使のような微笑みを浮かべつつ。
「なに、あんた達。……ひょっとして僕とヤリたいの?」
人差し指を頬に添え、可愛らしく小首を傾げながら少年が呟いた。それから悪女よろしく舌なめずりをさせて、品定めでもするように男達の顔を見渡したのだった。
その顔にはさっきまでの、儚げで弱弱しい感じなどはどこにもなくすっかり娼婦よろしくビッチの顔つきであった。
「エッ……」
「ねぇ――、どうなの? はっきりしてよ。……僕って気が短いんだよね」
その愛らしい顔が、月明かりの下艶めかしく笑顔に歪んだ。少なくとも、そう見えた――「で、どうしたいの」。眉を持ち上げながら少年は、今度ははっきりと笑って見せた。
もう理性のタガが外れた。こんなもん、拒否する男の方がおかしいだろう。もしいるとしたら、そいつは金玉が腐ってるとしか思えない。
「……う、お、おなっ、おお、おねっ、お願いしゃぁあすッッ!!」
言うなり少年が蛇のようにチロチロとその舌先を覗かせて唇を舐めた。いきなりその首筋にしがみついたかと思うと少年は深い接吻を落とし、更にその首筋を舐め上げ始めた。ビックリするほど冷たい舌と腕で、少年は更に強くしがみついて来た。
「うふふ、可愛い……。ね、これって完勃ち? それともまだ半分なのかな?」
ズボン越しから思いっきり握り締めながら少年が耳元で問い掛けた。
「はははは、半分です、半分、デヘ」
男はこんなに寒いのに、額に汗を滲ませている。それは決して温度によって浮かんだものではないのだが。
「そっか……、ならもっと僕が感じさせてあげるから、ね? ラクにしてていいよ」
竿から玉までを少年はその小さな手の平でしっかり愛撫しながら、やはり娼婦の顔で微笑んだ。
直に触れられているワケでもないのにその摩擦だけで既に腰が浮きっぱなしになっている。既に膝から崩れ落ちそうになっている男に向かって少年がまた魔性めいたその顔で覗きこんできた。
「ねえ、イってみたくない? あの世に」
「あ、あ、あう、い、い、イキたいですぅ」
男はもはや苦しげに、熱い吐息を漏らし始めた。既に下着の中は先走りの汁でグショグショになっているなどとは恥ずかしくても言えない。
「……そんならバイバイ」
――え、何だって?
その言いまわしに違和感を覚えた次の瞬間には、男の視界が暗転した。
あぁ、イってしまったのだ。文字どおりに……遠巻きに眺めていた仲間達には何が起きたのかそれだけではよく分からなかった。男が崩れ落ち、その先に立っていた少年の身体に見事に血飛沫が飛び散っているのだ。
「雛木少年の素敵な晩餐タイム、はじまりはじまりぃ〜〜〜ぃいッ!! ひゃっはー!!」
その美しい顔を血で染め上げながら、少年がキチガイじみた声と顔で叫んだ。愛嬌たっぷり狂気たっぷりのその笑顔で、その少年の片手に握られているのは……おぞましい、何とおぞましい――未だドクドクと脈打つ血まみれの心臓だった、恐らく今しがた倒れた男から抜き取ったものだろう。
――こんなところ来るんじゃなかった……やっぱり海に行けばよかった……海に行けば良かった……海なら水着の姉ちゃんだって見れるしもっと簡単にナンパできるし、って今冬か。じゃあ無理だ
後悔しても、もう遅い。
「……んー。やっぱりタバコ吸ってるヤツの肉はクッソまずいなぁ」
その少年――雛木は、人肉を食すがゾンビ達とは違っていた。脳味噌は腐ってはおらず、その身体も腐敗するどころかむしろその逆なのであった。もぎ取った首の断面、滴る鮮血をぺろぺろと舐めながら雛木が独り言のように呟く。
「無差別な猟奇殺人、……ね。う〜ん、ちゃんと食べる相手は選んでる筈なんだけどなー、変なのー」
言いながら雛木は今しがた舐めていたその頭部の髪の毛を掴んでしげしげと眺め始めた。その表情は死の間際に見た、恐怖への表情がシッカリと刻まれている。
「――そこまでだ」
「!?」
雛木がはっと振り向くのとほぼ同時だった。パパパパパッ、と刻まれる火薬の音と共に、暗闇に火花が散った。雛木にとってそれは聞き覚えの無い音であったが、その正体について考えている間もなく、少し遅れてから何となくの痛覚がほとばしった。
衝撃で雛木の華奢な身体がすぐ背後の大木に叩きつけられたがそれがブレーキとなったらしい。やがて全身のところどころに、熱した鉄くずでも突っ込まれたみたいな痛みが彼を襲った。
は、と雛木が詰まったように声を漏らす。咳き込んだせいなのか、身体に突き刺さっていた銃弾がヌチョッと血液をたっぷり含んだ状態のまま彼の手の平に一つ落っこちた。
「……何これ。痛いじゃない?」
背後の木に手を突きながら、雛木はゆっくりと立ち上がった。
「機関銃如きでは死なないか、やっぱりな――」
撃った本人だと思われるその影が、暗闇からすっと現れた。
「……あーっ! 誰かと思ったら有沢くんじゃな〜い。アハハ、やっぱり僕を追って来てくれたんだね〜ぇ?」
暗がりから現れたその人物は……手にしていたマシンガン(厳密に言うとシカゴタイプライターと呼ばれる、いわゆるマフィアが映画なんかでよく使うタイプのものだ)をひょいっと横手に投げ捨てた。
「――わざわざお前が行く先々で色んな置き土産をしてくれるからな」
有沢と呼ばれた青年は何故かその両目を隠すように、赤い布を巻いている。結んだ布の端が赤々と翻る。
あっ 古参二人が出たよ!
サイト設立当初一番にいたのが
この二人だったのですよ。という豆知識。
しかしこの微妙〜な蒸し暑さが私から
体力やら気力やら何もかもを奪う。
勘弁してくれー