前半戦


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03-1.因果・因果・因果



――これは、ゾンビが溢れるおよそ二、三日ほど前のハナシだ。


 どこかで泣き声がする……か細い、女のすすり泣く様な声が。いや、もしかしたらそれは単に風が吹き荒ぶ音なのかもしれなかったが――。

「何か、声っつーか変な音がしないか」

 自分の聞き間違いであったらと思うと恐ろしいので、あえてそんな薄ぼんやりとした表現で尋ねてみる。

「ああ、やっぱり聞こえる? 良かった〜、俺の気のせいかと思ってた。……けど風だろ? これは」
「……でも、この辺はマジで出るらしいって噂じゃん」

 若者たちは口々に言い合いながら狭い車内で怪談話に花を咲かせ始めた。

「え、そうなの? 俺そういう話超好き〜。聞かせてよ、そこんとこ詳しく」
「馬鹿、お前ちっとはニュース見ろよ、だからアホって言われんだろ。ほれ……あの屋敷、殺人屋敷としてデカデカ報道されてたろ」

 そう言って彼が指差した先にあるのは中世の城を思わせるかのような、立派な外観をしているが結構年季の入った屋敷だ。何でも数百年以上は続いているという、名誉ある貿易商人が住まう家だったという。ちなみに、裏では武器を取引している『死の商人』だったという黒い噂も囁かれていたようだがその真相は不明だ。

 だがその事実を裏付けるように――いや、それよりももっと恐ろしい事に、この屋敷では血生臭い殺人事件が『二度』起きた。
 
 一度目のそれは、屋敷の地下では変態どもを楽しませるためのおぞましい蛮行ショーが行われていた事。庭から見つかったのは数十人にも及ぶ、無数の白骨死体だった。ショーに使われた子ども達は皆身寄りの無い孤児たちで、ショーの最中に命を落とせば、即座にボロ屑のようにこうやって庭へと埋められるのだった。

 だが、子ども達のものと思われる死体の中に混ざり比較的真新しい状態の遺体がいくつか見つかった。それはこの醜悪なショーに興じていた、大人達のものであったというのだから驚きだ。生き残った子ども達の復讐にあったのだと、当時のニュースはセンセーショナルに報道していたが、それは事実と少しだけ違っていた。

 復讐は復讐であったが、正確には子ども『達』ではなくて単独犯による凶行だった。何と、たった一人の少年の手によってその数十人もの大人達が血祭りにあげられたのだ。大人達の遺体はどれも損傷が凄まじく、かつて子ども達が彼らにそうされたように激しい拷問や強姦の末に殺害されたようであった――遺体はどれもこれも髪が抜け落ち、かろうじて顔が残っていた者は皆凄まじい形相を浮かべていた。……これが、二度目の殺人。

 ただでさえ残忍極まりの無いこの事件は、更に最悪の形で幕を降ろす事となった。

「その犯人ってのは捕まってないのか」
「犯人って、どっちの」
「……復讐した方の」

 ああ、と尋ねられた男が声を漏らした。彼は投げかけられたその質問には答えずに、まずこう話した。

「犯人の実名は伏せられてたなぁ。複数による犯罪だと思われてたのに、結局やったのはたった一人による犯行だったんだってよ? おまけにまだ若い男だった、とだけ当時は言われてたな。――いや、本当に恐ろしいのはここからだぞ」

 と、前置きしてから男がその声を更にワントーン低くした。

「その男……犯人は捕まったものの脱走して、今も逃げ回ってるって話だ」
「マジ……?」
「ああ。――この辺りに潜んでるなんていう噂もちらほら聞こえてくるが……、さぁてどうなんだろうな〜」

 どこか愉快そうにそう言って男がひっひとしゃくりあげるように笑う。その言葉に車内に一瞬ばかりの戦慄が走るがすぐにこの男の作り話だろうと顔を綻ばせた。

 意地の悪い笑顔を浮かべている男の頭をはたきながら皆わざとらしいくらいに大きな声で言いあった。

「ばっかやろう、フザケんなよ。ホラ吹いてんじゃねえ」
「嘘じゃねえよ。最近この辺一帯で起きてる連続殺人事件、知らないのか? 襲われた人間はまるで獣にでも食い荒らされたかのようにメチャクチャになってるっていう」
「それは知ってるけど、それがその犯人の仕業だって? じょ〜〜〜だん……」

 彼の強がりも嘲笑うかのように男は更に続けた。

「んでな……この辺りには今も被害者たちの不気味な泣き声が夜の静けさの中、響いてくるんだってよ。いたいよー、さむいよー、って……」
「おっ前ベタすぎ!」

 怖がらせようとして芝居がかった台詞を言うものの、それが却ってウソ臭すぎて皆白けてしまったようだ。精いっぱいに脅かすつもりだったが、一笑されて終わった。

「そんなクソつまんねえ話よりさっさと女探しに行こうぜ〜」

 その一言で皆、当初の目的を思い出したらしい。それまでは張り詰めていたような空気が途端に緩んだようだった。

「そうだよ。俺達何しにこんな不気味な場所まで来てん」

 何とまあ、この辺は地元の若者たちの間ではナンパスポットとしても有名らしいのだから驚きだ。まあ、ナンパスポットというよりはこの不気味な辺りで女の子を送ってあげるという口実で近づくと向こうも一人では怖かったから是非……なんて理由で上手く行く確率が高いんだとか。

 馬鹿げた話であるが、若者たちの間では有名な話だった。特にここ最近、猟奇殺人が発生している話もあってか一人で帰宅している女の子たちはさぞかし怯えながらこの辺りを歩いているらしいから、より成功の確率は高いものと思われた。

 一人が車のドアを開けて実になんとも無さそうに外へと繰り出す、そんな少々の不気味さなどは青い欲望の前にはムイミだ。

「お、行くか」
「でもさー、殺人鬼出たらどうすんの」

 どこか気弱そうに一人が呟いたが一番に出て行った彼は動じてもいなさそうだ。

「武器もあるしいいじゃん、返り討ちだよ」

 そう言って一人が、ネットで買ったんであろう警棒やら唐辛子スプレーやらをチラつかせる。

「……ま、それもそっか」

 車のドアを閉めてから、全部で五人いた若者たちが辺りを見渡す。

「さーて、女の子いないかなー」

 外に出た瞬間、風の音だと思っていたその泣き声が……たちまち、大きくなった。

「……」

 さすがに五人全員が不審に思ったらしい。

 皆、それぞれがいぶかしむかのように顔を見合わせた。息を飲んだ。その合わせた視線が、綯い交ぜになる。

「――声、するね」
「ああ。するよ、するけど……」

 その先は何となく予想がつく。

――確かにするけど、どこから聞こえて来るんだ。この、泣き声

 一同が不審そうに顔をしかめながら懐中電灯のライトで夜道を照らす。この時点で、おかしいと思って引き返せば良かったものの……誰もそうしなかったのは、既に『呼ばれて』いたのかもしれなかった――。その泣き声に導かれるように、五人は黙々とその険しい砂利だらけの道を歩いた。

「やっぱこの声って、女だよな?」

 息の詰まりそうな沈黙を、一人が破った。

「そう、だな」

 その声が震えているのに気がついて、自分は今恐れているのだと知った。

 なのに何故、この先を進もうとするのか分からなかった。だがそうしなくてはならない気がした。そこで気付くべきだったのだ、既にその闇に潜む何かに呼ばれていたんだという事実に。

「でも超可愛い声だな、 泣き声でも分かるじゃん。絶対顔も超絶可愛い子だぜ」

 重圧されるかのような恐怖に耐えかねたのか、一人が努めて茶化すように言った。

「お、おお。そうだな。早く行ってやらねーと。助けた俺はさしずめ王子様ってとこだな」
「そのツラでかよ! 普段はケダモノのくせによぉー」

 それで幾分か普段の調子が戻ったようだが、またすぐに冷え切るような沈黙が訪れた。


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