前半戦


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01-2.24時間耐久!地獄の鬼ごっこ



 ともすれば夜空に溶け込みそうな黒の衣装、同じく黒一色の高そうなハット、白いネクタイだけがやけに白々と夜風に乗ってはためいた。目元だけの窺えるアイマスク越しに覗く目元は中々に爽やかなもので、顔の造りそのものも端正なんであろう(創介基準で見て、自分よりは下。違いない。異論は認めない)その男は一体何者であろうか。

 その出で立ちだけを見ればハッキリ言って異様でしかない。男は背中に携えたその物々しいショットガンを構えると金網に座った状態のままでそれを撃った。

 たちまちやかましい銃声と共にゾンビが一体、また二体と着々と片付けられる。銃声のたびに創介はびくびくと怯えた顔を見せた。残る最後の一体は、セラが撃った弾によって片付いたらしい。周囲に火薬と血と何か色んなものがブレンドされたむせかえるような芳香が漂い始める。

 創介は金網に背中を預けながらずるずると崩れ落ちた。

「たす、助かったぁあ……」
「――大丈夫かい?」

 その男――ミミューが問い掛けると創介は返事する代わりに親指をぐっと立てて見せた。

「ありがとう、何かスゲー格好したお兄さん……」
「どうも。……そっちの君も平気? しかし大した手前だ。得意なのかい?」

 セラは警戒しているのか、実に愛想の無い返事を一つ返すだけだった。

「あっと……こうしてる場合じゃない。それより今の銃声を聞きつけてまたすぐにヤツらがやってくるかもしれないからね、早くここをよじ登ってこっちへ来るといいよ」

 ミミューは金網から飛び降りると向こう側から手招きする。

「そうだ、僕はミミュー。自己紹介は後にして今はとにかく安全な場所へ行こう」
「わわ、分かった! じゃ早速お言葉に甘えて……ッ」

 創介が大喜びで金網をよじ登り始める。が、その横でセラは気難しい顔だ。むしろ後ずさりさえし始めて、持ち前のジト目でミミューをじっと睨み据えるばかりだった。

 やがて警戒心爆発の彼から発せられたのは、ある意味では予想通りの一言であった。

「――断る」
「へッ!?」

 金網にしがみついたまま、創介は「嘘っ!?」とセラを振り返る。構わずセラは睨みをきかせたままで続けたのであった。

「……その格好。最近この街に出没するヒーローと称して暴力を振るうっていう、暴漢じゃないの?」
「ばっ、しつれーだぞ! この人は助けてくれたじゃないかっ」

 創介ががなり散らすがセラはきっとその両目で睨み据えたままだった。ミミューは悪びれる事もせず、コレと言ってその言葉に気を悪くしたような様子も見せず只曖昧に笑った。

「あはは。やっぱりそういう扱いなのか――、参ったなぁ〜」

 ミミューは苦笑いと共に帽子に手をやると、それを外して見せた。

「……僕はふもとの教会で神父をやってる男だ。この街に一つだけの教会だから知ってる人も多いんじゃないかな?」
「あっ!!」

 創介が何か思い当たったのか、そんなミミューをバッと指差した。

「し、知ってるぞ。あんた、確か昔一度だけ俺達の高校に講演会みたいな事しにきたよな!? 悪いけど俺、あん時すげー寝てたわ」
「……そう。普段は教会で神父をやってるもの静かな男だよ。僕としては市民を守る為に毎晩あんな事をしてたんだけど、やっぱりそんな風に見られているとはねー。あーあ……」

 セラもそれで幾分かは納得したのだろうか。本当にごくごく僅かにだが、警戒を解いたような顔になって見せた。ため息混じりに肩を竦めつつ、それでも黙ってミミューをじっと見つめた。

「どう? やっぱりまだ不安かな。とりあえず教会に来ないかい? こんなところにいたって危険なのは変わらないんだよ」
「なあなあ、行こうぜ。車もあんなんなっちまったし、ひとまず身を隠した方がいいって! な!?」

 ごり押しに根負けしたのか、それともそれが賢明だろうと判断したのか。セラもそれで、何とかかんとかようやくのように頷いてくれた。不承不承といった具合にだが、創介の後に続いて金網をよじ登り始めたのであった。

「ここから教会はそう遠くはない。歩いてでも十分行ける……けど、またいつあの死者たちが襲ってくるか分からないね、各自注意はしていてくれ」
「な・なあ、やっぱりゾンビなの……? こいつらは」

 着地し、立ち上がるのと同時に創介が問い掛けるがミミューはややあってから首を横に振った。実に気難しげな表情のままで。

「さぁ……、けどそうとしか考えられない。とにかく……理屈じゃ説明できない事態なのは確かだね」

 神父だけあって何かその辺りの事に詳しいのかと思い、淡い期待を寄せたがやはり分からないものは分からないようだ。

 まだあれこれと疑問は残るがとにかく動くのが先だろう――創介とセラがつんだって歩きだした。ミミューの言う通りに、教会は歩いてすぐに着いた。特に問題もなくすぐに辿り付く事が出来たのは幸いである。

 中へと通されると、ミミューは扉を閉め厳重に鍵をした。

「お帰りなさい。遅かったからちょっとヒヤっとしましたよ。あと、ノックするとか合図してくださいよ、間違えて今撃ちかけました」

 中には、物騒にもその手には余るライフルを抱えた気だるげな女性――そう、修道女のエミだった。

「おや、やっと信じる気になってくれたみたいだね」

 ミミューがにっこりと微笑みつつ尋ねるとエミは、はんっと鼻で笑って見せた。

「――で、その子ら二人は何です?」

 エミが問い掛けると、女性と見た創介がたちまち嬉しそうな顔をして乗り出して来た。何と言う切り替えの早さか……セラは呆れたように創介を見た。

「俺はこの街の平っっ凡な高校生です。で、こっちはクラスメイトでー……あっ、どうしてこんなに綺麗なお姉さんがこんな場所で? しかもそんな物騒なもの持って」
「この服見て分かんないの、修道女やってんのよ。修道女」

 その黒い聖衣を指しながらエミが相手にするのも面倒臭そうに呟いた。

「あ、そうでしたか。お綺麗なシスターさん、俺達このキチガイじみた状況でもう一体何がどうなってるのやら……」
「ンなもんあたしにだって分からんわよ」

――うう、手ごわい……

 ここまで女性に邪険に扱われた事等ほとんど無かった為か創介は戸惑いを隠せない。いつだってこの笑顔を向けられた女性はまんざらでもないような顔を見せるのに、エミは相手にすらしていなさそうな口ぶりと態度だ。……あ、ひょっとして隠すのが上手いだけだろうか。

 創介はエミの傍に腰を降ろすと大胆にもその手を掴んだ。

「お姉さん、よろしければ俺と一緒に逃げましょう」
「結構です」

 エミはやんわりとその手をはねのけてからあざけるように笑った。

「――つか、あんたまだ学生でしょ。百年早いわよ、もっと人生経験積みなさい」

 極めつけに言い放たれたのはこの台詞だった。完膚なきまでにふられてしまったらしい。

「あはは、やっぱエミちゃんは手厳しいね〜」

 少し離れてその様子を見届けてからミミューが楽しそうに笑った。

「す、すみません。……あの馬鹿……」

 ここで何故か謝るのはセラである。

「いやいやぁ。面白い友達じゃないの」
「……友達じゃない、只のクラスメイトです」
「えっ。あ、そ、そうなの」

 セラがやけに業務的な口調で言ってのけるものだから、ミミューも少し戸惑いつつ返した。

「――えーと、こほん」

 ミミューが咳払いを一つして、被っていたその帽子を外して傍らに置く。続けて目元のマスクも外してその顔全体を晒した。分かっていた事だが優男風の男前だ、女性の支持は集めそうだが男性からの支持は限りなく薄そ〜うな感じである。

「君達はどうするんだい? これから」
「僕はこの街を出たい。……原因を探りたいから」

 真っ先に答えたのはセラだった。セラの少しだけ意味深な顔と声には気付くこともなく、ミミューはその言葉をそんぐりそのままの意味に受け取るだけだ。

 ミミューが腕を組んだ姿勢のまま頷くと、続いて創介の方へと視線を向けた。

「あ、オレはー……うん。大人しく避難してるってのも性に合わないし、そいつと一緒に行こうかなあって考えていたところで」
「その話だけど」

 セラがすっと右手を挙げてその先を遮る。

「……僕は一人で行くよ、やっぱり。君を巻き込むのはもう止める」
「えぇえ!?」

 創介がぎょっとする。

「さっきの一件で思った。君の厚意は有り難かったけれど、結果あんな事になってしまった……僕はやっぱり単独で動くよ。――ここまでありがと、じゃ」

 そう言って身を翻すのを、ミミューが慌てて止めた。

「ひ、一人で! ちょっと馬鹿げてるよ、君。武器は? ちゃんとあるの?」
「ある」

 セラがそう言って拳銃を差し出した。ミミューがばっとそれを奪いあげると隈なく見つめ始めた。

「……。やっぱりね――コピー品だよ、これ」
「でも無いよりは、」
「場合によっては『無い方がマシ』かもね、止めた方がいいよ。こんな粗悪なものをメインに使うのは……」

 セラも薄々分かっているのか、可愛げな顔を大いにしかめさせて随分と気難しそうな顔をした。

「命知らずなのは勇気じゃないよ」

 とどめのようにミミューが吐き捨てると、セラはそれで益々渋い顔つきになった。

「けど、行かないと僕は……」
「だったら僕もご一緒させてもらおうかな」

 セラだけじゃ無く、エミも、創介も驚いた。

「はぁっ!?」
「ちょちょちょっと神父っ! 何ゆってんすか」
「ん? エミちゃんも来るかい?」
「イヤ! いやいや! 行かない、行きたかない……ってゆーかどういうつもりなんですか!」

 ミミューはセラに向き直ると再び口を開いた。

「僕も君と一緒に世界を救う。駄目かな?」

 童顔な方だとは思うんだけど、結構いい年だろこの人……と創介はミミューの仕草を見て思ったが、そんな視線などはお構いナシに可愛らしく小首を傾げるミミュー。その仕草がどうこうではなくて、セラは彼の発言そのものに両の目を見開いて驚いている。

「……。な、何で」
「えー、理由なんか必要かなぁ? 僕はこの街の神父さんだし、市民を守る義務があるんだから。で、結果としてそれが世界を救う事に繋がる、それだけ」
「ぼ、僕は確かに原因を突き止めて何とかするとは言ったけど、別に世界を救う気なんかじゃ……」
「一緒な事でしょ? 結果救う事になるんだし、いいんじゃないかなー」

 言いながらミミューはにっこりとほほ笑んだ。並べられていた武器に手をやって、セラの前に立つと自慢げにそれをちらつかせた。

「それに僕をつれてけばホラ! こんなに沢山の素敵なオマケもついてくるよ」

 セールストークのようにミミューは拳銃を二丁それぞれ左右の手でちらつかせた。

「ちゃーんと純正品だよ。あ、オマケはむしろ僕の方って顔かな、それはぁ〜」
「そ、そんな事誰も言ってません……」

 セラはふうっとため息をついたが、確かに武器を貸してもらえるのは有り難かった。

「――分かりました……どうかお願いします、神父様。お手を貸してもらいたい」
「勿論。好きな武器持ってくといいよ」

 二人の話はそこでまとまりかけるが、残されたエミと創介は納得がいかない……と、エミがまず叫んだ。

「ちょーっと!! 神父、まさかここ放置してくんですか!?」
「そうだよ。エミちゃんはどうする?」
「そうだよ、じゃないですっ! あと行くわけないでしょ、そしたら誰も残らないじゃないっすか!……ったく、もう。神父さまのお節介ぶりには本当呆れるったら」

 ぶつくさ言いながらエミが不機嫌そうに足を組み換えた。いつもこの調子なのか、エミにとっても予想の範囲内だったらしくそこまで激昂しているわけでもなさそうであった。

「……え、えっとおねーさんはここに残るんですか」

 で、心なしか取り残された心地がするままに創介がおずおずと尋ねた。

「そーよ。そうじゃなきゃここに逃げて来る人を受け入れられないもの。ま、食糧も水も弾薬もたっぷりあるからしばらくは持つと思うけど……」
「ごめんねー、エミちゃん。恩に着るよ。いつもいつも留守番ありがとー」
「ホントですよ! まったく」
「今月給料上乗せするから許して?」

 ミミューがぱちっ、とウインクするとエミはその言葉に幾分か反応を示したようだった。やや肩を竦め、笑っていいのか悪いのやら迷ったような顔をしている。……結局金か。金なのか。

「え、えーと……じゃあ俺はどうしたら……」
「そんなん知らないわよ、もういい年なんだから自分で決めなさい」

 迷い始める創介だったが、エミは冷たく言い放つばかりなのだった。

「ここで待っててもいいよ。エミちゃんもいるし、安全なのは確かだと思うから」

 ミミューの言葉に創介は少し迷ったようだったが……割と早い段階で答えを決めたようである。

「いや。俺も行っちゃ駄目かな?」

 その言葉にセラも、そしてミミューも意外そうな顔をした。





ここ最近偏頭痛がひどいです。
目とか穿り出したいくらいにがんがんする〜



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